深緑の地の邂逅
深い、深い森の奥。緑の生い茂るこの地に私の故郷はある。
他の種族と交流をとることもなく、ひっそりと暮らす毎日。お母様は、だからこそ平和なんだと言うけれど、私はもっと外の世界を見てみたい。
でも…… そうは思っていても、それでも心のどこかでお母様と同じように考えているのかもしれない。
だって私は、この里から出ようとしないもの。
お母様は積極的に交流をとらないというだけで、里の人が外に行くのは止めないし、迷い込んできた人間だって追い返すわけでもない。
だから、外に出ようと思えば出られるのにそうしない私は、元からそんなつもりなんてないんだろう。せいぜい、ちょっと離れた所にある洞窟や森を散歩するくらいだもの。
ちなみに今は森をお散歩中。天気がよくて、さらに風も爽やかだからすごく気持ちいい。
ガサッ。
そこで急に物音が聞こえた。鳥かなにかが動いたのかと思ったんだけど……
「あ、あの……」
そこには人間がいた。
前に里に迷い込んできた人間を遠目で見たけど、こんな風に近くで見たのは、というか話しかけられたのは初めてだ。
少し緊張するけど、でもきちんと挨拶しないと…… お母様だって、迷い込んできた人間に対しては礼儀正しく接しているもの。
「はじめまして、人間さん。私はアンといいます」
笑顔でそう言って会釈すると、
「あ、はじめまして。僕はラムスです」
人間――ラムスは軽く微笑んで挨拶を返してくれた。
ラムスは、こう言っては何だけど地味な印象だった。でも人が好さそうで、雰囲気は好きな感じ。それに、彼と話すことで少しでも外と繋がることができる。里の外に出る気はないけど、それでもやっぱり外への興味はある。
「ラムスはどうしてこんなところにいるの?」
「えと…… ちょっと道に迷っちゃったんだ。君は……エルフだよね?」
ラムスは、私の耳の辺りを一瞥してからそう言った。確かに、人間の丸い耳とは違い、私達の耳は尖っているからすぐにわかるだろう。
「うん。そうなんだ。ラムスは人間だね…… ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど」
簡単に相槌を打った後、私は思い切って言った。
「なに?」
「人間の国の話が聞きたいの。話してくれないかな?」
この世に生を受けて数十年経っているのに、私はこの里以外知らない。外の世界を見ることを望みながらも、外に出ることをできない。だから私は、外の世界をこうして知るしかない。
「ああ、そんなことか。僕でよければ喜んで」
笑顔を浮かべて答えたラムス。
私はとても嬉しくなった。
アンと出逢ってから、もうひと月くらい経っただろうか。僕は……確実に彼女が好きだ。彼女もおそらく好意を持ってくれていると思う。
でもどうしたらいいんだろう。僕はロマリアの兵士だし、陛下の命令は絶対だ。だからって彼女を騙すというのも……
「ねぇ、ラムス。どうしたの? ボーッとしちゃって」
ついつい考え込んでいると、アンが訝しげに僕の顔をのぞきこんだ。
「あ、いや…… なんでもないよ」
「そう?」
アンは心配そうに僕を見詰める。そのことが僕をさらに居たたまれなくさせた。
「そうだ!」
そこでアンは、明るい声を出し、こちらに笑いかける。気を使わせてしまっているみたいだ。
「今日はちょっとした行事があってね。いつもより夢見るルビーを持ち出しやすいんだ。ラムス、見たがってたでしょ? 持ってきてあげる」
「い、いや、それは……」
そうだった。僕は彼女と出逢ったばかりの頃に、すでにルビーのことを訊いてしまってたんだ。でも――
「怒られるんじゃない?」
「大丈夫! 今日ならきっと気付かれずに持ってこられるよ。すぐ返せばいいんだし」
とても嬉しそうに、そう語るアン。僕を元気付けようと必死らしい。
ここで断る方が妙だし、それに彼女の言うとおり、ロマリアに持ち帰らずにすぐ返せば…… 彼女の好意を無下にすることもないか。
「……それじゃ、お願いしようかな?」
そう答えると、アンは満面の笑みを浮かべて、任せて、と元気に叫んだ。
え〜と…… その様子があまりに可愛かったせいだと思うんだけど、思わず僕は彼女の肩に手を伸ばして――
…………………………
アンは紅潮した頬を抑えながら、
「私達…… ずっと一緒にいられるよね?」
開くことができるようになった唇から紡がれた彼女の言葉。それは疑問の形をとっていたにも拘らず、彼女は僕の答えを待たずに小走りで木々の間を抜けていった。
その後姿を見詰めながら僕は決意した。
ロマリア兵という立場を棄てようと。
彼女とずっと共にあろうと……