「リア〜、あそぼ〜」
 アリアハン城下町に軒を連ねる家屋のひとつ。その玄関先で声を張り上げている子供がいる。アリアハンの勇者として名高いオルテガの長女でケイティという。
 もっとも最近では、別の意味で双子の兄ジェイと共に注目が集まっているのだが、それは今語らずともいいことである。
 そこで、ケイティに呼びかけられた当人であるリアが家の中から顔を出した。
「うん。いく、いく〜」
 そう返してから、顔を引っ込めて急いで玄関に回る。リアは母親に一声かけてから外に飛び出した。
「おまたせ。どこあそびに行くの?」
 リアがそう訊くと、ケイティは含み笑いをして――
「まだないしょ! じゃ、おにいちゃんとアランくんがまってるから早く行こ〜」
 そう言ってさっさと歩き出す。
「? あ、まってよ」
 首を傾げたリアであったが、ケイティがどんどん離れていくので、気を取り直して追いかける。
 リアが追いつくと、二人は談笑しながら街の中央に向けて歩き出した。

 彼女達の付き合いはもう二年になる。
 リアはその頃、赤い瞳が気持ち悪いという理不尽な理由でいじめを受けていた。そしてケイティは、彼女がいじめられだす以前から、『泣き虫ケイティ』というあだ名をつけられ苛められていた。
 そんなケイティが、リアがいじめられているのを見て止めようとしたのが友情の始まりだ。もっともその時は結局ケイティも共にいじめられ、最終的にジェイとアランが助けに入ったのだが……
 それはともかく、その時から二人は仲がいいのである。
 ちなみに現在はいじめを受けてはいない。いじめっ子が大人になったためなのか、本格的に戦闘の修練をしだしたケイティやジェイ、アランに恐れをなしたためなのか、どちらが理由なのか真偽のほどは定かではない。

「じゃ〜ん! 今日あそぶ場所はここで〜す」
 目的地に着いたケイティが、大きな建造物を指差して宣言した。その建造物というのは――
「えっ! だってここお城だよ」
 そう。リアの言うとおり、ケイティが示している建物はアリアハン城。この国を治める王が住まう場所である。
「だいじょぶ。ほら私たち、旅立つのがきまってからたまに出入りしてるんだ。この前、アランくんとエミリアちゃんといっしょに入っても怒られなかったし」
 そうリアに向けて言ってから、アランに向きなおって、ね〜と同意を求めるケイティ。
 アランは、ああ、と軽く答えつつ、少しだけ顔を赤らめた。
「ていうか、別に入るだけなら誰でも入れるみたいだぜ。おれ、中で道具屋のおっちゃん見たし」
 ジェイがそう言うと、ケイティは、
「え〜、そ〜なの〜。私たちがとくべつなのかと思ってた」
 そう言って軽く頬を膨らませた。
 するとジェイは少し考え込んでから、
「まあ、子供で中に入ってるのはおれたちくらいだから、とくべつと言えばとくべつかもな」
 笑顔でケイティにそう声をかけた。ジェイは、双子という割に、自分よりもひ弱で大人しいケイティに大分甘い。
 ケイティはその言葉を受け、えへへ、と笑ってジェイの手を握った。
「そろそろ入ろう。あいつも待ってるだろ」
 そう言って城へと歩を進めるのはアラン。ジェイとケイティは仲良くそれに続き、リアは、あいつってだれ、と首を傾げながらも、取り敢えず後に続いた。

「はじめまして。ティンシアでしゅ」
 ティンシアは開口一番、舌足らずの声でそう言った。
 彼女はこの国の王女。今年で六歳になる。
 しかし、初対面のリアにとって大事なのはそこではなかった。
「か、かわい〜! ね、おねえちゃんの妹にならない?」
 リアは一人っ子である。普段から両親に妹が欲しい、と打診しているのだが、その願いが叶う見込みは今のところない。そうなってくると、四歳年下の少女を見た彼女がこういう反応をするのも仕方がないというものだ。
 ちなみに、アランの妹のエミリアという少女もリアの二歳年下なのだが、そのエミリアはリアの妹センサーには引っかからなかった。その理由は……今は置いておこう。
「うん。なりゅ」
 ティンシアはリアの提案に素直に頷く。
「きゃ〜。じゃ、帰ろっか! 私のお古の服きせてあげる〜」
「だ、駄目ですよ! 待ちなさい!」
 テンション最高潮でティンシアを持ち帰ろうとするリアと、ティンシアの世話を任されている女中の、ほのぼのとした争いが続く中、
「よかった。リアもティンシアも楽しんでるみたいで」
「はっはっはっ、そうだな〜」
「あの女中さんはいい迷惑だけどな」
 笑顔で感想を言う双子と、呆れ顔で呟く子供達の年長者兼世話役がいた。

 リアはいつも通り朝早く――朝日が昇ったばかりの時間に目を覚ました。これから仕度をし、城に向って、ティンシアを起こし彼女の身支度を手伝う。
 望んだ形とは違ったが、共に過す日々はもう一年以上続いている。リアが十五歳になったその日、彼女はティンシア付きの女中となったのだ。
 いつも通りの身支度を行い、すでに起きている母親に挨拶をしてから朝食をとる。
「あれ? 今日って……」
 そこであることに思い至り、リアは言葉を漏らした。そして壁にかけてある暦を、パンをぱくつきながら見詰める。
「やっぱり。ティンシアに初めて会った日だ」
 そう、今日は彼女とティンシアが城で出会った日だった。
 あれから六年。この日に特別な何かをしたことは今までなかったが、気づいた以上何かしようかと考えるリア。
 彼女が部屋に戻ると、そこにはティンシアのランシール土産である小物入れがあった。
「前、これ見せた時欲しそうにしてたっけ。これにしよっかな」
 スライムの小さな人形を小物入れから取り出し、楽しそうに笑うリア。
 それをポケットに入れ、可愛い妹の喜ぶ顔を思い浮かべつつ、彼女は部屋の扉を開け、愈々城へと向う。