ほどほどを知らない彼女
「私の力――壊すためではなく、全てを守るために使うすべを教えて頂きたいんです」
 真剣な瞳で言い切ったのは、見た目十歳過ぎの少女。その瞳の先には、二十代前半ほどに見える、金の髪と瞳を持つ女性。女性は困ったように頭を掻いてから口を開いた。
「教えても構わないけど、例の島に行けば力の使い方なんて知らないでも普通に過せるのよ?」
「私は、自分の中にある禍々しい力を知ってしまった。それを無視して普通に過すことなんてできません。きちんと力を操って、誰かを救うために使いたいんです」
 頑として譲らないという調子で言った少女。
 女性はそんな少女を、目を細めて見詰め、しばらくすると俯いて嘆息した。少なからず付き合いがあるので、こういう時に頑固なのを知っているのである。
「わかったわ。そういうことなら――」
「では、さっそく今から!」
 明日から、と続けようとした女性の言葉を遮り、少女元気よく叫ぶ。ちなみに現在、夕御飯を食べ終わって数時間、そろそろ寝ようかという人がちらほら出てくる時間帯だ。
「いや、アリシア。できれば今日は……」
「それで、アマンダ様。まずは何をすればいいですか?」
「……ま、いいけどね」
 期待に満ちた表情で言ったアリシアに、アマンダはげんなりした表情ながらも、あっさり承諾した。

 早朝。朝日が昇るか昇らないかの時間帯。
「おはようございます。アマンダ様。今日もご指導のほどよろしくお願いします」
「……ふぅ」
 枕元で元気に言ったアリシアを、アマンダはいまだ眠気の窺える瞳で見詰め、ため息を吐く。

 ばしゃ、ばしゃ。
 水浴びをしているアマンダ。そこに気配が近づいてくる。覗きならば魔法の一つもぶちまけるところだが……
「アマンダ様。ここがよく分からないのですが」
 先日与えられた本を手にアリシアがやってきた。
 アマンダはその質問に答えつつ、少し離れた茂みにヒャドを打ち込んだ。アリシアが近づいてくる気配に紛れて、犬が一匹忍び寄ってきたようである。
「? どうかしましたか? ……あれ? あそこにラッセルさんの靴が」
 ヒャドが打ち込まれた辺りを見たアリシアは、慌てて逃げたために脱げてしまったかのように落ちている靴を瞳にいれ、不思議そうに首をかしげた。

「あの、アマンダ様。ここ――」
「こら、アリシア。食事中は本読まない」
 昼御飯時にアリシアは、本を片手に持ち、パンをもう片方の手に持ってアマンダに詰め寄った。それをアマンダはとがめたのだ。
「あ、すみません…… では、食べ終わったらまた」
 そう言って微笑むアリシアに、できれば充分な食休みが欲しいとは言えないアマンダだった。

「これらのエピソードを踏まえた上で、もう少し緩めに教えを請うように親のあんたから言って欲しいんだけど」
「もう、八年も続いているんですから、そろそろ慣れたんじゃないんですか?」
 軽い食事を取りながらアマンダは、アリシアの父であるキースに今更な願いを口にする。それに応えたキースの意見はもっともなもの。
「慣れたわ。そりゃあ、慣れたわよ。でも、おかげで生活が規則正しくなっちゃって、それが気に食わないの。早起き当たり前だし、おかげで夜は早く眠くなるし」
「いいことじゃないですか」
 キースは笑いながら言った。
 アマンダは不満そうにキースを睨み、
「あたしは自堕落で廃れた生活が好きなのよ。朝日と共に眠って、昼過ぎにもそもそ起きだす…… そんな生活に戻りたい」
心を込めてそう言い放ったアマンダに、キースは苦笑しつつ言葉をかける。
「まあ、人それぞれですからいいですが…… でしたら、御自分でアリシアに言えばよろしいのでは?」
 尤もな意見である。
 アマンダは少し沈黙してから応える。
「……あの娘にはつい甘くしちゃうのよね。どっか似ているからかしら。あたしと弟に」
「ゾーマ様のことはよく存じ上げませんが、アマンダ様とアリシアは似てもにつかないかと……」
 ばしっ!
 アマンダがキースの頭を平手で殴った。
「何だか、馬鹿にされている気になるのは、気のせいなのかしら?」
「気のせいなのですが、念のため…… 申し訳ありません」
 頭をさすりながら謝るキース。アマンダはそんな彼を軽く睨みつつ、再び口を開く。
「まあ、色々似てないところばかりなのはその通りだけど、今言ったのは境遇が少し似てるってことよ」
「ああ、それはわからなくもないですね」
 アマンダの言葉を聞いたキースは、少し考えてから納得した。そしてさらに訊く。
「それでですか? 魔法以外にも色々と世話を焼いて頂いているのは」
「ま、そんなとこね」
 彼女はアリシアに、魔法の指導以外にも、食事のマナーや言葉遣いのような生活に関する指導もしていた。もはや母親のような存在である。
 かちゃ。
「アマンダ様、こちらにおられましたか。今日からザオリクを教えて下さるお約束ですよね」
 そこでくだんのアリシアが部屋に入ってきた。
「うわ、見つかった」
「? なんですか」
 もう少し休んでいたかったアマンダは、思わず少々の不平を込めた呟きを漏らした。アリシアは不思議そうにそんなアマンダを見る。
「ああ、なんでもないわ。今行くわよ。ごちそうさん、キース」
「いえ。アリシアをよろしくお願いしますよ」
「はいよ」
「失礼します、お父様」
 アマンダが自堕落な生活を再開するのはまだまだ先のことのようである。

 それから二年後。アリアハンの勇者オルテガがキース達魔族を見つけ出し、誤解から戦いとなった。その結果として、オルテガは火山で大火傷を負ったが、生死にすらかかわると思われたその火傷はアリシアによって癒された。
 そして、アマンダが姿を消したのはそのしばらく後。
 その理由が、アリシアの充分な成長振りを知ることができたからだったのか、自堕落な生活を求めたからであったのか、どちらであったのか。答えることができるのは、当のアマンダだけである。
 一方、アマンダがいなくなってからも、アリシアは一人で研鑽を重ね、更なる実力をつけていった。そして、彼女はその一年後から、キースに頼まれオーブという魔力物質を探すことになる。
 その過程において手に入れる大切なものを――彼女はまだ知らない。