少年達は後悔と恐怖によって幼稚な行為に終止符を打つ

 ケイティを守るとロートシルト兄妹が宣言し、ジェイを含めた三名による強固なケイティ警護隊が結成されて二年。ジェイ達の戦力が圧倒的であるにもかかわらず、幾名かの苛めっ子は懲りずにケイティ苛めを続けていた。
 そして、今日もケイティのピンチを、双子ゆえの直感でなんとなく感じ取ったジェイが家を飛び出す。
 たったったったっ!
 勢いよく駆けていると、どこからかエミリアが合流した。
「ジェイ」
「よっ! いつもながらタイミングよく来るな」
「私はジェイのことなら何でも分かるの」
「そいつは嬉しいねっと」
 軽く挨拶を交わしながら駆ける二人。二年前よりもジェイの対応に余裕があるのは、この二年間ひたすらエミリアにべたべたされたために慣れてしまったのだろう。今では二人で、アリアハンの最凶お子様ズという異名を冠するほどである。
 二、三言葉を交わしていると、少しばかり騒がしい集まりが見えてきた。二人はそこが目的の場所だろうと見当をつけて飛び込む。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃんだ!」
「覚悟するのね」
 勢いよく現れた二人。しかし、そんな彼らに反応して苛めっ子が逃げ惑う声が響く、ということはなかった。
「ケイティ! おい、ケイティ!」
 代わりに聞こえてきたのはそのような叫び。声の主はアランであった。
 その腕の中にはケイティがおり、ぐったりしている。
 そして、アランの側には心配そうな顔の苛めっ子二名と一人の少女。
「アラン! どうしたんだ!?」
 顔を青くしてジェイが駆け寄る。
「目を……覚まさないんだ。頭を強く打って――」
 そこまで耳にしたジェイの行動は早かった。
 どがっっ!!
 凄まじい音を立てて苛めっ子の一人を殴る。すると、苛めっ子は目測で十メートル程飛んだ。
『な!』
 何名かが驚愕の声を上げる。
 それにはかまわず、ジェイは続けてもう一人の苛めっ子を――
 ばぎぃいっっ!!
 やはり思い切り蹴る。そちらもやはり盛大に吹っ飛び、そのまま動かなくなった。
 ジェイは倒れこんだ彼らに向けてゆっくりと歩き出し――
「ジェイ、待って! やりすぎだよ!」
 そこで、涙目でケイティを見詰めていた少女がジェイにすがりついて止めた。
 彼女の名はリア。ケイティと一緒でよく苛められている女の子だ。
 そんな彼女が紅い瞳に涙を溜めて必死に訴える。
「離せよ、リア」
 ジェイが低い声でそう言い、睨みつける。
 リアは怯えの色を顔に浮かべるが、唇を噛み締めて持ちこたえる。そして、彼の意識を苛めっ子から遠ざけようと試みる。
「ケイティは私が殴られそうだったのをかばって変な風に倒れこんだの。それで…… だから私のせいでもあるの。あの子達を責めるんなら、私のことも殴って」
 それを聞いたジェイは一瞬ためらいを見せるが、直ぐに目つきを鋭くして拳を強く握る。それを振り上げて――
「スカラ」
 がちっ!
 エミリアが物理防御系魔法を行使するのと、アランがジェイとリアの間に割って入り、振り下ろされた拳を掴んだのは同時だった。スカラも、リアではなくアランにかけられている辺りさすがは兄妹、息がぴったりである。
「ジェイ! 少し落ち着け! リアに当たってどうする!」
「うるせぇ…… どけ」
 声をかけたアランに冷めた瞳を向け、ジェイは物凄い力でアランを押す。
「バイキルト」
 アランにかけられたエミリアの魔法。
 しかし、その結果として力が増強されたはずのアランも、ジェイを押しとどめるのがやっとで、押さえ込むこともできない。
「くっ! 何だよ、この力……」
 アランは必死でジェイに相対しながらぼやく。その声には焦りも多分に含まれる。こんなことをしている間に、ケイティにもしものことがありはしないかという焦りが。
 しかし、それは杞憂に終わる。
 ぱんぱんっ!
「はいはい。そこらへんにしなさいよ、ガキども」
 どこからともなく現れる金髪の女性。手を鳴らしながら呆れたように言う。
 彼女がジェイ達のところへ歩みを進めると、多くの者はそちらへ注意を向けた。それはアランも例外ではない。
 それゆえ、彼がジェイをとどめていた力が一瞬弱まった。
 ジェイはその時を逃さず、アランの腕を払いのけ、足をかけて体勢を崩す。そして、そのまま力任せに彼を押し、地面に倒した。
 それから遮る者のなくなった視線の先にリアを見止め、腕を振り上げて目にも止まらぬ速さで――
 ぱしっ!
 振り下ろした拳は、リアの大きく見開かれた瞳の直前で、軽々と受け止められた。
「ちょい、くそガキ。一般的な意見を参考にすると、男が女に手を上げるのは最低らしいわよ?」
 アランがエミリアの支援を受けて漸く受け止めたジェイの一撃を、女性は涼しい顔で抑えている。
 それも、その一撃を正面から受けずに、横から腕だけを出して受けている。つまり、普通に考えれば力を入れづらい体勢で、軽々と受けているのだ。
 そしてそれにはとどまらず、彼女はそのままジェイの腕を捻り上げた。
「……ぐっ! 放せ! 放せよ! ババァっ!」
 ジェイが瞳を吊り上げて抗議すると――
 がんっ!
「殺すぞ、ガキ」
 拳をジェイの頭に打ち落とし、ドスの利いた声を出す女性。加えて、黄金色の瞳を細めて睨みつける。
 しかし、その時には既に、ジェイは女性の拳を受けて意識を手放していた。
「さすがガキね。ガス欠か」
「ジェイ!」
 溜め息混じりに納得顔をした女性は、心配そうにジェイに駆け寄ったエミリアに彼を渡す。そして、やはり意識を失っている双子の片割れに近づく。
「ふぅん…… あっちのガキはガキで面白かったけど、こっちのは―― ま、それはさておき……」
 弱冠優しい笑みで、よく分からないことを呟く女性。その呟きに続き、瞳を閉じつつケイティを抱き起こす。
「ケイティ!」
「ケイティ……」
 アランが大きな声を上げつつ、リアが息を吐くように呟きつつ、女性とケイティの元へ足を向ける。
 女性はそんな二人に、口元を歪めただけの笑みを向ける。
「大丈夫みたいよ。寝てるだけ。ほれ」
 やる気なさげに言い、ケイティをアランに渡す。
 受け取ったアランが確認すると、確かにケイティは静かな寝息を立てていた。その事実に安心するも、アランは少々不信に思う。
 というのも、先程彼が慌てていたことからも分かるとおり、少し前までのケイティは脈が弱く、呼吸も非常に浅かった。それが今は、脈も呼吸もしっかりとしたものだ。そうなると、女性が何かの処置をしたことが予想できるが……
「んん? 何よ? ガキのくせにあたしの美貌に釘付けってか?」
 女性は、彼女をじっと見詰めていたアランに気づき、そのようなことをふざけた調子で口にする。
 とてもではないが、ケイティを窮地から救う術を持っていそうにはない。
 アランは、自分が駆けつけた時にとりわけ具合が悪かっただけで、特別心配するほど危険というわけではなかったのだと思うことにした。
「こっちはこっちで気を失ってるだけね。派手に吹っ飛んだ割に運のいいガキどもだこと」
 アランやリアの耳に女性の呟きが届く。
 気がつくと、女性はジェイが吹き飛ばした男の子たちに近寄り、様子を見ていた。
 彼女の言葉を信じるのなら、彼らもまた特に問題はないという。こちらも、先程の派手な吹き飛びようを考えると問題がないとは思えないのだが、ぱっと見たところどこにも怪我はなく、顔色もいたって普通だ。
「よかった…… いじめられたし、ケイティをひどい目に合わせた子たちだけど――」
「まあ、ケイティも無事だったし、ジェイに殴られた痛みが罰ってことで、これ以上は……な」
 胸を撫で下ろし、リアとアランが言う。
 ちなみにエミリアは、アマンダに敵意のこもった視線を向けている。が、ジェイも他の者同様静かに寝息を立てていて心配なさげであるためか、特に物騒な行動を起こすでもない。それどころか、どちらかといえばご満悦な様子で、彼を胸に抱いて頭を撫でている。
「ところで、あなたは?」
 そこで、今更ながら女性に疑問を向けるアラン。
 女性は面倒そうに彼の方を向き――
「あー、あたし? アマンダよ」
 そう答えた。そして、さっさと去ろうとする。
 すたすたすたすた。
「ちょっ! どこへ!?」
 自分も名乗ろうとしていたアランは、彼らの方を見向きもせずに遠ざかっていくアマンダに慌てて声をかける。リアも隣で面食らったような表情だ。
「ちょいと野暮用がね。あんたらの自己紹介は結構。縁があればまた会えるだろうし、そん時にでも頼むわ。んじゃ」
 しかしアマンダは、彼らに向き直るでもなく、進行方向に顔を向けたままで声だけを返した。そして、しばらくするとアラン達の視界から消える。
 残された者達はしばし呆然としていたが、直ぐに行動に移る。
 アランが気絶している男の子二人を、リアがケイティを、エミリアがジェイをそれぞれ抱え、落ち着ける場所へと移動する。
 そうして、しばらくして最初に目を覚ましたのはケイティだった。
「……ん、んん。……何か頭痛いなぁ」
「ケイティ〜」
「よかった…… 起きたか」
 寝ぼけまなこで体を起こしたケイティに、リアが涙目で抱きつき、アランが胸を撫で下ろして一息つく。
「ふえ? どかしたの、リア。アランくんもいいことでもあったの? すっごい嬉しそう」
 二人の様子に戸惑いながらも、彼らの顔に広がるのが笑みであるためかケイティ自身も嬉しそうだ。
 がばっ!
 そこで突然立ち上がる一つの影。ジェイである。
「あ。もうちょっとでくちびる奪えたのに」
 そして、エミリアはその足元で残念そうに呟く。
 兄であるアランは、八歳児が何しようとしてんだ、と突っ込むべきかと考える。しかし、ジェイが再び苛めっ子達を屠りにかかるかと思い、突っ込みを入れるのは取り敢えず止め、急いでジェイの元へ向かおうと――
 だっ!
 そこですごい勢いで駆け出すジェイ。しかし……
「ケイティーっ!」
 その向かった先は彼の妹の元。がばっと勢いよく抱きつき、それから何度も、どこも痛くないかとか、具合悪くないかとか、しつこく訊いた。
「だ、大丈夫だよ。お兄ちゃん、心配しすぎ」
 訊かれた妹はそんな兄を瞳に入れ、苦笑しながら言った。
「……いつものジェイだ」
 先程危害を加えられそうになったリアは内心びくびくしていたものだが、ケイティとじゃれているジェイを目にして呟く。
「お前に何かあったら俺はもうどうしたらいいのか……!」
「ちょ、もう放して…… 大丈夫だから……」
 相変わらずケイティを腕に抱き、頭を撫でたり、髪を梳いたり、ジェイは過剰な程のスキンシップと共に彼女の無事を喜ぶ。
 それに対しケイティは、周りの視線やら、行き過ぎたスキンシップやらにうんざりし、赤くなりながら弱々しく抗議する。
 そんな兄弟の様子に、他の者達も苦笑を禁じえない。もっとも、エミリアだけはケイティに鋭い目つきを向けていたりもしたが……
 その後は、未だ怒りの収まらないジェイが、気を失ったままの苛めっ子二名に軽く蹴りを入れたりしていたが、先程のような一大事に繋がりそうな制裁が為されることはなかった。
「ま、あれくらいなら俺も止める気は起きないな。自業自得だ」
「アランくんも、ケイティが絡むと少し考え方がらんぼうだよね」
「?」
 蹴られる苛めっ子を見ながら言ったアランに、リアが声をかける。そして、その二人のそばにいたケイティは首を傾げアランに瞳を向ける。
「な、リア、何を…… てか、あの、あ、えと…… そのだな、ちょ、な……」
 すると、真っ赤になって、よく分からない言葉を連ねるアラン。
 ケイティは、やはりよく分からないという風に首を傾げる。
 そんな平和な光景とは裏腹に、ジェイとエミリアは、一緒になって苛めっ子の顔に落書きを始めたところだった。

 そんな子供達の間のひと騒動から数刻の後、アリアハンの城に伝令が届いた。その内容は――勇者オルテガが火口に落ちて命を落とした――というものだった。
 城門を守る兵達は、その伝令を他国の使者から受けたと記憶していたが、その国というのがどこなのか、そして、その使者がどこに行ってしまったのか、という点の記憶が曖昧だった。しかし、兵士がそのような嘘を吐く意味がないということで、それは真実であると考えられた。
 勇者を失ったアリアハン国はその事実を国民に公表。大きな絶望に支配される一方で、皆の期待が自然と勇者の子供達に向いた。
 そしてその結果は――

「そういえば…… 最近いじめられないよね? やっぱり、じいちゃんのけいこ受け出したからかなぁ」
 祖父の稽古を終え、リアの家でお喋りをしていたケイティ。ここ数週間苛められていない事実に思い至り、嬉しそうに言って力こぶを作るマネをする。
 しかし、それ程長い期間鍛錬を重ねたわけでもない少女に、ジェイやアランの妨害にもめげず長年苛め続けた少年達が恐れを為すとは考え辛かった。そうなるとやはり――
「いやぁ…… やっぱこの間のが堪えたんじゃ……」
 リアは苦笑しつつ、二重の意味を込めてそのように口にした。
 ひとつの原因として、彼らの馬鹿な行為によってケイティがひと時でも深刻な事態に陥ってしまったことが挙げられる。さすがに無神経な少年達でも、反省をしないではいられなかったのであろう。
 そして、もうひとつの原因としては――
「ケイティ。ジェイと兄妹げんかとか、絶対しない方がいいよ」
「? よく分かんないけど…… 大丈夫だよ。お兄ちゃん優しいもん」
 満面の笑みを携えて、そのように口にするケイティ。
 その様子を瞳に入れたリアは、ついこのあいだ覚えた人生の役に立たない言葉たちの中のひとつを思い浮かべる。即ち――これがブラコンか、と。
 そして、ケイティのピンチに過剰反応としか取れない暴走を見せたジェイを思い出し――それであれがシスコンなんだなぁ、と。

「ふえっくし!」
 当のシスコンは、口に含んだ食べ物を吹き飛ばしながらくしゃみをしていた。
 隣でパンをちぎって口に運んでいたエミリアは、心配そうにジェイを覗き込む。
「風邪? 大丈夫?」
「んー、大丈夫。きっと誰かが噂してるんだろ」
 訊いたエミリアにジェイは簡単に返し、適当な口調で言った。
 それを受けたエミリアは、瞳を輝かせて遠くを見詰め、
「そうね! ジェイはすてきだから噂の的だものね!」
 うっとりとした様子でそう口にした。
 しかし、彼女は直ぐに目つきを鋭くして、けど浮気はだめよ、と厳しい口調で詰め寄る。
 ジェイは苦笑し、はいはい、と適当な返事をしただけだった。