注意書き:
この文章はニコニコ動画でアップされた『悪ノ娘』・『悪ノ召使』を基にした二次小説です。
著作権は全てそれらの製作者である悪ノPさんに帰属します。
早い話、オリジナルではありませんのでそこのところを理解して下へ進んで下さい。
(ただし、結末を変更&途中端折っているので上記作品を見たことがない方はそちらも見に行くべきです。絶対!)
僕は――
私は――
十四年前、皆に祝福されて
彼女と共に
彼と共に
生まれた。
そして、今、
僕達は――
私達は――
共にこの場にいる。
どうして、こんな風にずっといられなかったのだろう?
どうして、こんな風にずっといられないのだろう?
午後三時の鐘がなる時、
僕達の時は――
私達の時は――
終わる……
EVIL TWIN
とある国に双子の王子と王女が生誕なされた翌年、その国の王と王妃が亡くなった。暗殺されたという噂も流れたが、真偽のほどは定かでない。
そして、王子、王女はそれぞれ別の貴族の元で育てられることとなった。それぞれの貴族の思惑に、立場を利用して国を思うままに操ろう、というものがあったのは言うまでもない。
それから数年は物騒な事件が続いた。
王子を擁立する貴族に加担する者数十名が暗殺され、その一方で、王女を養う貴族の妻、実子、そして部下が殺された。
貴族ら自身もまた、命を狙われることは珍しくなかった。
王宮内は何年も、そんな血腥い事件が続いた。
そして、王と王妃が死んでちょうど五年目の春。ついに、貴族の一人が亡くなった。王子を引き取った貴族だった。
警備を厳重にしていたにもかかわらず、毒殺された。
毒を運んだのは王女だった。
貴族も、敵対している相手が擁立している者とはいえ、六歳の少女を警戒しようとは思わなかったのだろう。可愛らしい手によって差し出されたクッキーを口にし、死んだ。
午後三時――おやつの時間だった。
王子は王国の外れ――場末の港町に放逐され、王女を引き取った貴族が、国の実質的な最高責任者となった。
とある国に可愛らしい王女様がおられた。養父である貴族の下、何不自由なく暮している少女。その少女は本日、十三歳の誕生日を迎えた。
少女は催されていた誕生パーティの最中、側に佇む義父に無垢な瞳を向ける。
「お義父様。この国の最高責任者は誰?」
「勿論、王女様で御座います」
心内では、国の実権を握っているのはわたしだがな、とほくそ笑んでいたが、義父は極力平静に、慇懃に言葉を紡いだ。
「そう。じゃあ、この国の一員である以上、お義父様も私のお願いは何でもきいてくれるのね?」
無邪気な笑顔の少女が言った。
義父は微笑み、何でしょう、と訊き返す。
少女は一拍置き、声を発す。
「死んで」
沈黙が……落ちた。
そんな中、脂汗を流した貴族が漸く間の抜けた声を上げる。
「……は?」
「聞こえなかったかしら? 死ねと言ったのよ」
無表情で、淡々と紡がれた王女様の言葉に、貴族は段々と怒りを覚える。
「な、何故ですっ! わたしは――」
「私の義父であり、その実、この国を影から操るために私を利用している狸。そのくらい、子供の私でも判っているわ。正直、そんな奴に生きていて欲しくないの。ムカツクから。さあ、死んで」
再び、沈黙が落ちる。
貴族は沈黙の中、脂汗を流し続ける。他の者は様子を見るように、貴族と王女様を遠巻きに見、そして王女様は、うっすらと笑いを浮かべ佇んでいる。
ごおぉおん。ごおぉおん。ごおぉおん。
「あら。おやつの時間だわ」
三度鐘が鳴り響き、午後三時が告げられる。王女様は場違いな明るい声を出し、手を二度叩いた。
使用人が一名現れ、クッキーのたっぷりと入ったバスケットを持ってくる。王女様はその内の一枚を手に取り――
「そ、それは……」
「見覚えがあるわよね、これ」
王女様は懐から出した袋を持ち上げる。そして、徐にそれを破り、中に入っていた粉をクッキーへとまぶした。
「七年前、貴方が私に渡したクッキー。それに含まれていたものと同じ――毒薬。今回は中ではなく外にたっぷりとつけて…… さあ、どうぞ召し上がれ。愛娘のお願いよ?」
少女が微笑んだ。
貴族は慄き、後退る。
「なぜそのようなことまで知って――」
「この七年。貴方に内緒で味方を増やしてきたわ。使用人の幾名かはあの日の真実を知っていた。迂闊だったわね。……食べないのかしら?」
「くっ!」
駆け出す貴族。向う先には王女様。そして、手に握られているのは短刀。
二つの影が重なろうという――その刹那。
ざしゅっ!
「言ったでしょう?」
兵士の一人が抜刀した。
血が生誕の祭りを穢す。
「味方を増やしてきた、と」
王女様の笑い声が響く。
貴族の首が床に鎮座し、虚空を見詰めていた。
少年は青空の下で作業をしていた。漁師が獲った魚をさばき、店頭に持っていくのが彼の仕事。七年前に漁師の一人に拾われ、それから、辛いけれど、充実した日々を送っている。
そんな彼の元を、一人の少女が訪れる。
「御機嫌よう」
「? き……みは……」
「御久し振り。七年間離れていても、やっぱり双子って顔は似ているものなのね」
くすくすと笑う少女の後ろには、使用人と護衛の者が幾名も並んでいた。
「何故このような場所にいらしたのですか…… 王女様」
「私もこんな臭いところ来たくなかったんだけどね。貴方に用があって」
「僕に……ですか……」
訝しげに視線を返す少年。
少女はやはり楽しげに笑って、彼を指差す。
「貴方をこの国の大臣に任命します。拒否は許しません。以上」
そのように言い切ると、王女は踵を返し、繁華街の方向へ向かう。使用人と護衛の数名は彼女を追う。
ごおぉおん。ごおぉおん。ごおぉおん。
「あら。おやつの時間だわ」
王女は機嫌よさそうに、みたび笑う。
そして――
「失礼致します」
「えっ! ちょっ!」
護衛の残り数名が、呆然と佇んでいる少年を担ぎ上げ、王女に続いた。
「何故、僕のような下賎の者が大臣に――」
「人いないんだもの。仕方ないじゃない。ちょっと処刑しすぎたかもね」
王宮に戻り、ケーキやクッキーを用意させ、優雅に紅茶を啜っている少女は、可笑しそうに笑って言った。
「そのことは、港町で細々と暮している僕の耳にも届いています。お義父様を処刑したあと、彼につき従っていたと思しき者を数十名も処刑されたそうですね」
「そうよ? あのオッサンと考えを共にしていた奴らなんて、側に置いておきたくないし」
少年は小さくため息をつき、王女を真っ直ぐと見据える。
「少しばかり事情をかじっている僕であれば、王女様のお気持ちを汲めないことも御座いません。しかし、何も知らない民草から見れば貴女は――その……」
「狂喜の娘。悪魔の申し子。稀代の悪女。色々言われてるみたいね」
くすくすと笑う少女は、年相応の、路地を駆けている子供と同じ無邪気な顔をしていた。そして、フォークを手に取り、ケーキを一口。
「うん。おいしい。けど、ちょっと多かったわね」
「それはそうでしょう。ケーキをひとホールにクッキーを山ほど。食べきれるはずがないじゃありませんか」
「うぅん。あんまり食べると太っちゃうし…… よし、大臣としての最初の仕事よ」
突然に言い出した少女に瞳を向け、少年は背筋を伸ばす。緊張で喉が渇くのを感じた。そして、そんな彼に王女様から命が下る。
「これ。食べといて。残さずね」
それだけ口にすると、少女は機嫌よさそうに歌を口ずさみながら、部屋を出て行った。
大臣は隣国を訪れていた。王女様のお召し物を購入するためである。職人のもとへ向い、王女が所望しているものを全て手に入れる。
そして、通りに出ると――
「ん? 何だろう」
大臣の視線の先には人だかりが出来ていた。有名人でもいるのだろうかと、そちらへ歩み寄る。すると、そこには純白のドレスを身に纏った少女がいた。優しく流れる緑の長い髪を結び、纏めている。
大臣はしばしその場に佇み、その少女が微笑んでいるのを見詰めていた。
こんこん。
「ただ今戻りました、王女様」
王宮に戻り、大臣は王女様の部屋の扉をノックし、声をかけた。
すると、入室を促す声が内側から響く。
「失礼いたします」
寝台に寝そべり、少女は書物に目を通していた。
大臣は使用人に命じて衣服が入った箱を運び込み、それから声をかける。
「王女様、命じられた物を買ってまいりました」
「……うん」
「何を熱心にご覧になっておられるのですか?」
少年が覗き込むと、そこには青い髪の青年の絵があった。海の向こうにある国の王子だと、そう書いてある。
「その書物は?」
「月間プリンスジャーナルよ。世界の王子様を紹介する本なの」
王女は楽しげに言った。そして、プリンスジャーナル四月号を広げたまま、大臣に詰め寄る。
「ね。この王子様凄いカッコよくない?」
「そうですね。王女様とお似合いです」
「でしょ? というわけで、私の誕生会に呼ぶことにしたから宜しくね!」
突然の無茶にも、この一年ほどで少年はすっかり慣れていた。それゆえ、落ち着いて、慇懃に頭を下げる。
そして、持ってきたばかりの箱を示す。
「それでこちらですが、お忙しいようですし、また後でご覧になりますか?」
「あ、ううん。王子様に気に入られるために素敵なドレスを選ばなくちゃ。今すぐ見るわ」
「かしこまりました。それでは、女性の使用人に代わります」
少女の着替えを手伝うわけにもいかないため、少年は直ぐに下がろうとする。しかし、その服裾を少女が掴む。
「待って。まだ着替え始めないから、もうちょっといて」
「? はぁ。勿論、構いませんが……」
少年が戸惑った表情で口にすると、少女が微笑む。そして、箱を開けた。
中に入っているのは豪華絢爛なドレスの数々。
「ふんふん。いいのが揃ってるじゃない。と、あれ?」
「どうかなさいましたか?」
声をかけた少年に、少女が服を数着取り出し、突きつける。
「色の使い方が素敵だったから頼んでおいたけど、いざ来てみたら何点か男物があったわ。貴方が着なさい」
「は? い、いえ。僕のような者にそのような高価な――」
「いいから! ……もう着替えるから、使用人と代わってよ」
「あ、は、はい! 失礼いたします!」
渡された衣服を手に、少年は部屋を飛び出した。
その様子を見て、
「くすくす」
少女は可笑しそうに笑った。
王女様が生誕してちょうど十四年の歳月が過ぎた。その日、王宮には各国の王族が招かれ、盛大なパーティが催されている。
主役たる王女様は桃色のドレスを纏い、きらびやかなアクセサリーを身につけ、誘いがある度に踊っていた。
何度目になるから分からないワルツを踊り終え、王女様は隅に控えている大臣の下へ向う。
「もー疲れちゃったわ。……代わってよ」
「無茶を仰らないで下さい。それよりも宜しいのですか?」
訊かれると、少女は訝しげに少年を見た。
「何が?」
少年は視線を少女から逸らし、談笑している一人の青年に送る。そして、声を顰めて言葉を紡ぐ。
「青い髪の王子様に声をおかけにならなくても宜しいのですか?」
「だ、だって、恥ずかしいし…… けど、私の誕生日だし、待ってればお誘いがあるんじゃないかなって――」
その時、歌が聞こえた。
優しい声が奏でるメロディが響いた。
視線をめぐらす少女。そして、
「? あれは確か、隣国の――緑の国の王女よね。招待してたのね」
少女が呟くと、少年も彼女の視線の先――メロディを奏でている女性へと視線を向ける。そこには……
「あ、あの娘……」
隣国に赴いた際に見かけた緑髪の少女がいた。頬を染めて見とれる少年。
しかし、彼の側に佇む少女は――
ぎりっ!
歯を鳴らす。
少年同様、緑の少女に見とれている青い者を瞳にいれ、幼い顔を歪めていた。
それから数日、王女様は不機嫌そうに何かを考え込んでいた。
大臣は評判高い菓子を用意したり、豪華なアクセサリーや服を購入してきたり、懸命に機嫌を取ろうとするのだが、王女様の食指はそのどれにも動かない。
そしてしばらくののち、大臣は呼び出され、静かな声でこう命じられた。
「……緑の国を……滅ぼしなさい……」
「……かしこまりました……愛しの……王女様……」
緑の国との戦が始まり数十日が経った。
多くの血と涙が流れ、二度と取り戻すことのできない尊いものが消えていった。そんな日々の中訪れた午後三時。
ごおぉおん。ごおぉおん。ごおぉおん。
「あら。おやつの時間だわ」
がたっ!
無邪気に呟いた王女様に、大臣が飛び掛る。手には短刀が握られていた。
少女を組し、少年は少女に馬乗りになる。そして――
「なぜ、止まるの?」
短刀を握る右手を振り上げたまま止まった少年に、少女が言う。
少年は歯を食い縛り、俯く。
「なぜ、殺さないの?」
再度、疑問が投げられる。
すると――
「できるわけがないじゃないかっ!」
「……」
「できる……わけが……ないじゃないか……」
少女は怪しく微笑む。
「貴方、あの緑の女が好きだったのでしょう?」
少年ははっと視線を上げ、少女を見た。
「知って……いたの?」
「知ってたわ。パーティの時、あんなに露骨だったのだもの。馬鹿ね…… ねぇ、あの女、今頃死んでいるかもしれないわよ。それなのに、その原因を作った私が憎くないの?」
表情を歪める少年。
「憎い……! 憎いよ……! でも――」
雫がこぼれる。
「あの日…… 僕がここに戻ってきた一年前…… 魚臭い僕を嫌がらず部屋に招きいれてくれた君…… わざと多すぎるおやつを頼んで、甘いお菓子を沢山食べさせてくれた君…… 胸焼けがしたけど、でも、とても嬉しかった……! 君の愛情が嬉しかった! 涙が出るほど! 嬉しかったんだ!!」
短刀を落とし、涙を流し続ける少年。
少女は彼を真っ直ぐと見詰め、
「私も嬉しかった。この場所は――王宮は、私の味方ばかりだけど、でもきっと、本当は敵ばかり。ずっとずっと小さい頃から、私を本当に愛している人は誰もいない」
「僕がいる……! 世界中が君の敵でも、僕が護る!」
「駄目よ。もう、私は血で穢れすぎたの。きっと護りきることなんて、できない。だから――」
「そんなことないっ! 僕は……!」
「黙りなさいっ! 愚民が! 私は人の都合に振り回されるのが嫌い。誰かに利用されるのが嫌い。人に自分の人生を左右されることが嫌い。だから、あのムカツク義父を殺した! 何かが思い通りにならない時は、愚民どもの生活を犠牲にした! そして、あの気に入らない女の国も、緑の国も滅ぼすっ!」
「……」
「これが罪だとは思わない。けれど、民草は正義を掲げて私を討ちに来る。それは遠い未来じゃないわ。私はそいつらの都合で殺される。そんなのはまっぴら。……けどね…… 貴方なら、血も心も、私と共に在る貴方になら…… だからね――」
「嫌だよ…… そんなこと……そんなことできないよ……!」
長い長い沈黙が訪れる。
そして、明くる日のこと――
全てが終わる。この国はもう、終わる。
国民の不満が爆発した。王宮を目指して、反乱軍が押し寄せてくる。
彼女は捕まれば必ず殺される。
護れない。守れない。まもれない。まもれないまもれないマモレナイマモレないまもれなイマモレナイっ!!
…………………………
いや、方法はある…… 必ず……護ってみせる……っ!
とある王国の広場。
斬首刑のための器具が設置され、そこに少女が連れて行かれる。
器具の穴に少女の首が入れられ、しばしの時が経つ。
ごおぉおん。ごおぉおん。ごおぉおん。
「……あら、おやつの時間だわ……」
少女は――微笑んだ。
ざしゅっ!
「僕の服を着て!」
自分の衣服を差し出し、少年が叫んだ。
少女は不機嫌そうに彼を見返す。
「……何を言っているの?」
「大丈夫。僕らは双子だよ。入れ替わったって誰にも判らない」
「……ふふふ…… あははは。あーはっはっはっはっ!」
王女様が笑った。狂おしいほどに、笑った。
そして、少年に侮蔑の視線を送る。
「馬鹿らしい。そんな汚い服を誰が着るものですかっ!」
「僕のことはいいんだ! 僕は君に生きて欲しいんだ!」
王女様の言葉を介さず叫んだ少年を目にし、少女が俯いた。
「……そう想うなら、私がどう想っているかも判るのではない?」
「……それでも、僕は……!」
沈黙。
そして、
「いたぞ!」
突然、声が響いた。少女と少年以外が発した声。
それに続いて、数名が駆け寄ってくる。その中の赤い髪の女性が、キッと王女様を睨みつける。
王女様もまた睨み返し、叫ぶ。
「この無礼者! 下がりなさい!」
「断るね。もはや逃げる場所はないんだ。覚悟しな」
その言葉を受けると、少女は少年に視線を送り、微笑む。
彼を迎えに来た、あの日の笑顔を向ける。
そして、それから女性に向き直り、
「はっ! 愚民如きからなぜ逃げねばならぬのか! さあ! 殺すがいい!」
叫んだ。
僕は…… 僕は……っ!
そうすることでしか彼女の心を……護れないというのなら――
「まだ殺さない。国民の前でその罪深き血を――」
赤い髪の女性が剣をおさめたその時、
ごおぉおん。ごおぉおん。ごおぉおん。
「あら、おやつの時間だわ」
「うわああああぁあああぁあぁあああぁぁああっ!!」
ざしゅっ!
可憐な花が舞い散った。