注意書き:
本作品は桜井のりお氏「みつどもえ」の二次創作小説です。

硬くて生でゴム

 この間から妹のひとはの機嫌が悪い。私がいつも通りの回数しかおかわりをしていないのに、あいつは毎朝毎晩『雌豚』と連呼する。その他の嫌味も普段の5割増しだ。
 ……まあ、あいつの機嫌が悪い理由なら心当たり、あるんだけどね。
 ならどうにか出来るだろう、とか考えてる奴。甘いわよ。そんな簡単な話じゃないんだから! その程度のことも分からないなんて、あんた童貞!?
 ふん。まあいいわ。ともかく、その理由についてこれから私が話してやるから、有難く思いなさい!
 そう。あれは3日くらい前のこと。杉崎の弟がうちに、ひとはが杉崎んちに泊まった時のことよ。杉崎の弟は、あの杉崎の弟だけあってバカで、カップ焼きそばのまともな作り方も知らなかったわけよ。そこで私は懇切丁寧に指導し、手際よくカップ焼きそばを作って見せたわけ。
 ちょっとそこ! カップ焼きそば(笑)、とか考えてるでしょ! カップ焼きそばだって、かやくの入れ方やお湯の切り方、素人と玄人では手際が段違いなのよ!
 その点、杉崎の弟は分かってる奴だったわね。私のことを『結構やる』と評して、私の素晴らしい手際をたたえていたわ。今は糞生意気だけど、そのうち私の下僕の1人として飼うことになるに違いないわ!
 ……と、調子づいてる場合じゃなかったわね。結論から言うと、その杉崎の弟の発言が、ひとはの機嫌が悪い理由なのよ。
 ひとははどうも、私がカップじゃない焼きそばを作ったと勘違いしたみたいで、杉崎の弟だけ贔屓したと思ってるみたいなのよ。
『ズルい… 私にも作ってよ…』
 とか言っちゃって、普段生意気で小姑みたいなあいつがあんなこと言うとはねー。ちょっと可愛いとかおも――もとい。からかうネタが出来て嬉しい限りなんだけど、そこで得意げにカップ焼きそばを作ってやってみなさいよ。どんだけバカにされるか分かったもんじゃないわ。
 というわけで私は――
『ムリムリムリ!!』
 と、当然の如く拒否したわ。結果、拗ねたひとはの嫌味攻撃が盛んになったというわけ。
 はぁ。まったく…… どうしたものかしら。カップ焼きそばを皿に盛りつけて出してみる? いやいや。バレるわね。うーん。
 え? 簡単だって? 実際に焼きそばを作ればいい?
 はぁ!? あんた童貞!? んなことできんなら悩まないわよ!!
 ……とはいえ、それが1番いい方法なのは確かね。よし!

 このところ、冷蔵庫の中身が減っているようだ。いつも通り、みっちゃんが盗み食いしているのかとも思ったけど、それにしては減っている物がおかしい。薄切りばら肉やもやし、キャベツなどが少しずつ減っているのだ。みっちゃんが食べるのなら、調理しなくても食べられるアイスやクッキーなどになるはず。
「まさかちぶさが……」
 いや、猫に冷蔵庫を開けられるはずがないか。そもそもちぶさがそんなことするわけない。みっちゃんじゃあるまいし。
 ん、あれ? 3パック入りの焼きそばが1パックしか残ってない。土曜日のお昼に出そうと思って買っておいたのに…… ん? 焼きそば?
「ひとはー。今日のごはん何ー?」
 下の姉のふたばがとてちてとやって来た。そうか、もうそんな時間か。冷蔵庫の中身について考えるのはまた今度にしよう。
「今日はばら肉が余ってるから生姜焼きにでも――」
「待ちなさい! 今日は私が作るわ!」
 ……得意げな表情でみっちゃんが現れた。
「えー。小生、カップ麺よりひとはの料理の方がいいっス」
「誰がカップ麺って言ったのよ! 私が! 作るって言ったの!!」
 みっちゃんが、料理を作る?
 あ! もしかして、この間、龍ちゃんが泊まった時の――
 あの時は思わず『作って』とか言っちゃったけど……
「あの、みっちゃん?」
「ひとははゆっくり座ってなさい! 私のスペシャル焼きそばを作ってあげるわ!」
 やっぱり。
 正直なところ、みっちゃんを台所に立たせたら心配事が多すぎてゆっくりなどしていられない。包丁で指を切るのは避けられないだろう。つまみ食いのし過ぎで食材が少なくなるのは間違いない。食事の席にどれだけの量が並ぶものだろうか?
 ここはやはり、是が非でも私が――
 …………………………………………………………
 ダメだ。みっちゃんの瞳が類稀な純真さに満ちている。この姉は普段、雌豚な上にSっ気が強い、最悪な人間なのに、ごくたまにこういう純真さを見せるのが卑怯だ。
「……うん。お願い」
「任せなさい! あんたなんか及びもつかないようなおいしい焼きそばを作ってやるんだから!」
 あぁ。どうなることか。

 さて。昨日の夜中、たっぷり練習したんだから、この勝負は勝ったも同然よ! ひとはが私を尊敬の眼差しで見つめる様が目に浮かぶわぁ。
 ……って、あれ? 焼きそば、これしかないの? あ、そっか! 私が使ったから。これはまずい。
「ふたば!」
「なんスか、みっちゃん」
 とてちてとふたばが寄ってくる。
「大急ぎでスーパーから焼きそばを買ってきなさい!」
「らじゃーっス! で、お金は?」
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「ひとは」
「今あるもので作って」
 問答無用で言い放つ主婦な妹。けち臭い。冷ややかな視線は、まるで小姑のそれだ。
 しかし、今ある分だけで夕食をまかなうだけの焼きそばを作るのは絶対に無理。
「な、なら、私のお小遣いで買えばいいんでしょ!」
「……みっちゃんがいいなら勿論いいけど」
 呆れた表情を浮かべるひとは。
 誰の為にやってると思ってんのよ! もぉ! ここまで来たら、もう後には引けないわ!
 部屋へ向かい、ぶたさん貯金箱を叩き割る。
 がしゃんっ!
 なけなしのお金を掴み、ふたばへ渡した。
「ゴー! ふたば! ゴー!」
「みっちゃんの心意気、受け取ったっス! 直ぐ行ってくるっス!」
 裸足の妹は、超特急で駆けて行った。数分もすれば戻って来るだろう。
 よし。野菜とお肉を切らなくちゃ!

 ……今のところ大変なことにはなっていなそうだ。直ぐに異臭が漂うものかと思っていたけれど。
 まあ、さっきから小さな声で『痛っ』と言っているのが聞こえてきているから、救急箱が必要なのは間違いない。絆創膏は何枚いるだろうか。今のところ10枚ほど残っているし、足りないということはない、と思いたい。
 ん? 少しだけ焦げ臭い。
「あ。キャベツがちょっと焦げちゃったわ。ま、まあこれくらいは隠し味よね」
 妙な声が聞こえてきた。焦げが隠し味というのは初めて聞いた。焼き飯などならばともかく、キャベツが焦げていてもおいしい要素は皆無だろう。
「よし。これで1人分は出来たわね。あとはふたばが帰ってきたら……」
「ただいまー!」
 なんとタイミングのいい。
 がさごそとレジ袋を開ける音が聞こえる。と――
「死ね! あっっっという間に死ね!!」
 は? 何だろう?

 テーブルの上に転がっているのは、カップ焼きそばが3個。
 ふたばがスーパーから買ってきた『焼きそば』である。間違ってはいないが、間違っている。
「みっちゃんが作るといったらこれっス」
「あんた、ちょっとは場の空気を読みなさいよ! カップ焼きそばじゃひとはにバカにされるのが目に見えてるから、こうして苦労してるんでしょーがっ!」
 そもそもカップ焼きそばだったら残ってるし! ひとはが隠してるのも含めて5個はあるはず!
 くぅ。パンツ買おうと思って貯めてたお金がー。うっうっ。
 テーブルにつっぷして泣く――が、そうしてばかりもいられない。どうしたら……!
「仕方ないね。今日の夕飯はそれにしよう」
 居間からやってきたひとはが言った。
「ちょ、待ちなさいよ! まだよ! えーと、そうだ! 今度のお小遣いで返すから、焼きそば代よこしなさいよ!」
「そんな無駄なお金はないよ」
 にべもなく言われた。冷めた瞳には可愛げの欠片もない。
 すぅ。
 と、一歩前に出るひとは。そして――
 ぱくっ。もぐもぐ。
 1人前だけ出来ていた私のスペシャル焼きそばを食す。
「肉が焼きすぎで硬い。人参が半生。火が通ってない。そばがまるでゴム。何これ、豚用の残飯?」
 なっ!
「何ですってぇ!」
「あ、ごめん。豚に失礼だね。産業廃棄物の間違いだった」
 こいつはぁ……!
「死ね!! 瞬く間に死ねっっ!!!!」

 まったく。食材を大量に無駄にしくさって。自分の能力に合わないことするからだよ。
 あの時は動揺してたからついあんなこと口走っちゃったけど、みっちゃんが焼きそばなんて作れないことくらい、ちょっと考えれば分かる。どうせカップ焼きそばを作る手際が良かった、っていうのが龍ちゃんの言葉の真相だろう。
 龍ちゃんが普段セレブな生活を送っていることを考えれば、普段目にしないカップ焼きそば作りに敬意を抱いてもおかしくはない。前に杉ちゃんも回転寿司でテンション上げてたし。
「根暗っ! ぼっち! 運痴っ!」
 ……雌豚め。
 ふぅ。まあ、結果はどうあれ、今回の騒動は『私のため』っていうところも大きいんだろうし、みっちゃんが軽く泣きそうになってるし。
「はいはい。どうせ私は根暗だよ。ところで、カップ焼きそばの作り方、教えて」
「死ね! たちどころに…… へ?」
 暴言の途中で呆けるみっちゃん。
「カップ焼きそばなんて雌豚の非常食、私は普段食べないからね。どうやって作るのがいいのか分からないし。龍ちゃん曰く『結構やる』んでしょ?」
「あんた、気付いて…… し、仕方ないわね! お姉様が無知なあんたにレクチャーしてあげるわ!」
「小生も作るー!」
 パパとみっちゃんには、他に何かおかずを用意しよう。足りないに決まってる。
 あ。みっちゃんの焼きそば、どうしよう。さっきは嫌味として豚用の残飯とか産業廃棄物とかと称したけど、正直、その評価に納得できる味だ。決して、再び口に含みたくない。うーん。
 まぁ、雌豚なら食べられるね、きっと。こっそりみっちゃんのカップ焼きそばに混ぜとこう。少し手を加えれば、ましな食感になるだろうし。
 さて、と。エプロン、エプロン。

 このところ様子のおかしかったみっちゃんとひとが、いつもの調子に戻ったっス。だから、今日は夕飯が少なかったけど、楽しかったっス。パパも安心したみたいで、お風呂の中で機嫌が良かったっス。
 明日もこんな風に楽しくすごせるといいな。