第3話『地を駆け回る者』14

 体育祭の翌々日。非常にだるい登校日である。面倒な日常が再びはじまるのだ。
「先日に八沢市内で発生した銀行強盗事件ですが、犯行グループが八沢署へ自首しました。奪われた現金も手つかずで戻されたとのことです。続けて次のニュースです。弘後町のカルガモの親子の可愛らしい様子を今日もお届けします。現場の苫米地さーん」
 平和だねぇ。
 ぴんぽーん。
 呼び鈴が鳴った。よし、行くか。

 秋の日差しは心地良く、見上げる空は高い。これで学校がなければ、素晴らしく良き日と評するのだが、残念だ。
 そうそう。体育祭の結果だが、結局、優勝は白組だった。鵬塚と天満舘会長は最後のリレーで同着1位となり、総合点は青組が734点、白組が740点という結果になった。惜しくも優勝を逃した我ら青組は、しかし、悲嘆に暮れたりはしなかった。あの天満舘会長とあそこまで張り合って、それで総合2位という結果ならば大健闘である。不満など出ようはずもない。
 唯一、鵬塚だけが少し残念そうにしていたが、それも一瞬のこと。活躍しまくったあいつは青組の下級生、同級生、上級生に次々と声をかけられた。そして、終始嬉しそうにしていた。全員2、3言葉をかけて去るのみだったが、それでも鵬塚からしてみれば常と異なる過多なコミュニケーションである。喜ばない道理がない。
 ただまあ残念なことに、友人は全く増えなかったがな。やはりあいつの、コクコク、フルフル、まごまごの3ジェスチャーのみで為されるコミュニケーションは不評で、声をかけてきた者たちは総じて去って行った。希望的観測で状況を分析したとしても、せいぜい知人が数人増えたかな、といったところだ。
 ぴっ。
『鵬塚ぁ!! 負けんじゃねえ!! 気合い入れろッッッッッ!!!!!』
 ぴっ。
『お願いッッ!! やっぱり勝ってええええええええぇええぇえ!!』
 ……隣を歩く奴が異様にうるさいんですが、どうにかして下さい。
 さっきから、繰り返し繰り返し、一昨日の体育祭のビデオを再生してはにまにましている。その者の名は言うまでもなく――
「あ、あの真依? ちょっと音量下げて欲しいかなぁ」
 顔を真っ赤にして嘆願する尚子。気持ちはわかるぞ。
「……んで……?」
 何でってお前な。
 いっそ映像を消去してしまいたい気持ちになるが、んなことをすれば、鵬塚がうっとうしい程に落ち込むだろう。それはそれで面倒くさい。
「……いさ……が……ま……しゅ……てる……ら……きた……たす……」
「あ。それは楽しみかも」
 それは確かに。先の鵬塚の言葉は『兄さんが今編集してるから出来たら渡すね』だ。体育祭は何だかんだで盛り上がったからな。映像もいいもんが撮れているのではないかと予想される。ただ、シスコン兄の編集となると、鵬塚ばかりが映っていそうなのが不安要素だがね。
「あら、おはよう、真依ちゃん、富安くん、速水さん」
「……はよ……ざ……ま……!」
「お、おはようございます。会長。諏訪先輩」
「ども」
 声をかけてきたのは天満舘生徒会長だった。彼女の後ろには諏訪先輩も居る。彼らは――というか、会長はにこやかに手を振ってすすすっと俺らを追い越していった。諏訪先輩は特に何も口にせず、彼女の後を追った。
「諏訪先輩って愛想悪いよな」
「生徒会長への挨拶が『ども』のあんたが言う?」
 うっせ。
 ああ、そういえば、彼女たち『天原の民』についても、少し情報を得た。鵬塚兄の説明によれば、日本には、鵬塚兄のような裏内閣総理大臣がいるのと同様に、裏天皇家とでも呼ぶべき家があるらしい。その家に仕えるような形で存在しているのが『天原の民』なのだそうだ。ある程度の心霊技術――星術の縮小版みたいな技術を得意としていて、雑多な荒事を解決するのに長けているとか何とか。星術ほど強力ではないにしても、拳銃で武装した犯罪者くらいであれば問題なく相手にできるレベルらしい。
 ……こうして言葉にしてみると、大したことを教えられていないことがよく分かるな。まあ、内容が内容だけにおいそれと教えてはいけないのかもしれんがな。
 ともかく、あの時、鵬塚兄は裏天皇家の当主に連絡を取り、急遽支援を要請したのだそうだ。結果、ちょうど八沢高校内にいた天原の民の1員、天満舘佳音と諏訪隼人にお鉢が回ってきたとの事情だったらしい。
 設定が和風ファンタジーって感じで少しワクワクするな。
「真依は他の天原の民っていうのにあったことあるの?」
 尚子が訊いた。
 彼女もまた、天満舘会長たちを見て、鵬塚兄の説明を思い出していたのだろう。
 フルフル。
「……しも……の……なし……らな……った……ら……ワクワク……た……!」
「だよね! 今度、天満舘会長のおうちにお邪魔したいなぁ。確か郊外の神社だったはず」
 我が親友殿と腐れ縁女もまた、和風ファンタジー然とした状況にご満悦のようだ。
 にしても、天満舘先輩の家は神社だったのか。そうすると、寺社仏閣に関わる家は、実は全員『天原の民』なんじゃ…… って、まさかな。
「あ、真依先輩おはよーございまーす」
 コクコク。
 ん? 誰だ、今の。1年か?
「おっす、無口っ娘」
 コクコク。
 今度は3年だな。
「おっはー、真依ちゃん!」
「……はよ……」
 同級生だ。
 いずれも立ち止まらずに、俺らを追い越すタイミングでひと声かけていくだけだが、これまでにない状況だ。思った以上に、体育祭で活躍して友人を作ろう、という作戦は効果を発揮したようだ。
 残念なのは、全員が全員、明らかに鵬塚と会話をしようとしないところか。まあ、会話が成立しないのだからして、そこを忌避したくなる気持ちはよく分かる。友人ではなく知人が多数出来た、というのが今回の成果だな。
 にまにま。
 気持ち悪い奴が隣に居る。知人もまた減るぞ、まったく。

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