そして、月曜日。何やらすっきりしない気分で、土日を過ごした俺は、少しばかり機嫌が悪い。いや、朝急いでいてグラビア雑誌を鞄に入れ忘れたのは関係ない。この機嫌の悪さは全て、鵬塚兄に起因する。
前を歩く鵬塚も、心なし元気がないように見えた。今日の挨拶はいつもの二割増しで聞き取りづらかった。彼女もやはり、クロードのことが気になるのだろう。
尚子も心配そうに眉を八の字にしているが、彼女はクロードが心配というより、鵬塚のことが心配なのだろう。クロードのことを全く気にかけていないわけではないだろうが。
「おはよう、富安くん。速水さん」
おっと。天満舘先輩と諏訪先輩だ。天満舘先輩が何やらソワソワしているが、どうかしたのだろうか。いつもの自信たっぷりな様子と違って、どこか可愛らしい。騒動がいち段落したため、監視カメラ付きおしゃれ眼鏡は鵬塚兄に返したのだが、悔やまれる。
あほらしいことを考えていると、天満舘先輩はきっと口元を引き締め、決意したように言の葉を発した。
「……おはようございます。真依様!」
ぺしっと天満舘先輩の頭がはたかれた。諏訪先輩が無表情で右手を軽く振るったのだった。
「何するの!?」
「後輩を様付けするという冗談が非常につまらない故の行動だ」
「……う」
言外に含まれた非難を受け、天満舘先輩が言葉に詰まった。のみならず、鵬塚が涙目になって震えていることで、天満舘先輩は完全に慌てふためいた。
「ご、ごめんね。何かね。私も混乱しててね。だってほら、照様が真依ちゃんのこと真依様なんて呼ぶし――」
再度、生徒会長の頭がはたかれた。
「佳音」
諏訪先輩の目つきが非常に鋭く、恐ろしい。
天満舘先輩は肩を落としたが、一転、満面の笑みを浮かべ、いつも通り、鵬塚にフレンドリーな挨拶をして去っていた。とぼとぼとした足取りが、唯一、落ち込んでいる様子を残していた。
今まで俺は、天満舘先輩はしっかり者なのだと思っていたが、存外、抜けているらしい。正直、可愛い。
「泰司。キモイ」
「……うっせ」
思わずにやけてしまった身としては、抗弁も弱々しくなる。
「おーっす、泰司! んだよ、おしゃれ眼鏡やめたんか? 笑えたのに」
「うるせえ」
鬱陶しい男、野村太郎が現れた。RPGの敵キャラのような男だ。こん棒で倒して雀の涙でしかない経験値と金を稼いでやろうか。
「……よ……」
「野村は無駄に元気ね」
鵬塚も尚子も元気なく応じると、太郎は訝しげに俺達を見回した。
「何だ何だ? 部費アップしたくせに元気ねえなぁ、文芸部。部費アップしなくても、各部の部長どもは月曜朝から元気いっぱいだったぞ。あと、女子達も」
何の話だ?
「部長と女子が同列に並ぶ意味が分かんない」
「……ちょ……じょ……が……や……っる……?」
鵬塚の発言は意味不明にも程がある。部長女子なんて流行ってねえよ。そもそも部長女子って何だよ。
そんなツッコミは置いておいて、太郎の発言の意味を探る。もしかすると……
「太郎。どんくらい後ろでハーレムと勧誘の嵐が吹き荒れてた?」
「ん? そこの角曲がったとこだぞ。そろそろこっからも見えるんじゃね?」
そのように彼が口にしたその時、イライラした様子で角を曲がってきた奴と目があった。
金髪碧眼のイケメンは、人を小馬鹿にした笑みを浮かべて、これ幸いとばかりにこちらを指さした。
「すまねぇが、オレは文芸部に入る。いいな、ショーコ」
突然の入部宣言だった。
恐らく、周りに集っている奴らから各部へ勧誘されていたのだろう。手っ取り早く全て断るのであれば、どこかに入部してしまうのが最良だ。その白羽の矢が文芸部に立ったということだ。
「……ふん。まずは入部届を持ってきたら。そしたら入部テストしてやるわ」
突然のことに固まっていた部長殿が、しばらくしてから冷笑を浮かべ、のたまった。
入部テストなんてあったのか。知らなかった。
これで実質、奴の入部先は決まった。勧誘の波は引いていった。
しかし、まだハーレムの波は引かない。
「やっぱ、二枚目はお得なんスね」
「Bingoピ――」
以前と同じ冗談を太郎と共に繰り出そうとした時だった。
「オレはタイジとBLだ。てめえらにまとわりつかれるのは迷惑だ」
は? 誰々とBLだという表現は正しいのか。いや、違う。そうじゃない。
太郎が一歩引いた。女子どもが微妙な視線をこちらへ向けた。何名かの視線は好奇に満ちていたが、努めて気にしないよう心がける。
「泰司。そうだったのね」
おい! 半笑いで相づちを打つな、尚子!
いや、というかそもそも――
「クロードッッ!!」
「Bonjour.」
やかましいわ!
奴の元へ詰め寄ってさんざん文句を紡ぐ。周りの視線が生暖かくて嫌になるが、おいまさか、本気で信じていないだろうな。BLなんてファンタジーだと心得ろ。
半べそをかきそうになりながら、クロードやその周りの人間に対して必死で言葉を紡ぎ続ける。
その最中、鵬塚の様子が視界に飛び込んできた。
……ふぅ。ここで抗弁を止めると認めるみたいになるので続けるが、まあいいか、という気分にはなった。今日からまた普通の学校生活だ。せっかくなら、笑顔で満たされるに越したことはない。
鵬塚がこちらの視線に気づいたので、口だけ動かして、よかったな、と伝える。
彼女は笑顔のまま、コクコクと力強く頷いた。