第5話『学びを修める者』03

 八沢駅から東卿駅の間だけでなく、東卿駅から卿都駅の間もまた、我らが八沢高生はフルスロットルではしゃいでいた。一般客に怒られる程のマナー違反は犯さなかったようだが、学年主任の先生には余裕で何度も怒られていた。ついでにキムティーこと担任の木村熊夫もまた、指導がなっていないということで学年主任に怒られていた。
 当然ながら、おかげで俺は寝不足だ。こいつらは何故、朝の5時半に集合してここまで睡魔に負けずに生きられるのか。
「それでは、1組から4組の生徒はあちらのきょうと荒び館に向かってください。昼食となります」
 どういう名前だ。荒びながら昼食をとれというのか。名付けた奴は発想が自由すぎるだろ。
「5組から8組はまず一条城を見学します。このままバスで向かってください」
『えー!』
 各所からブーイングの嵐が巻き起こった。もう12時を過ぎて30分は経とうかという頃合いだ。朝から新幹線に揺られてまともな食事を口にしていなかった若者が、昼食もとらずに城なぞ見ていられるかという意見は至極ごもっともだろう。
 しかし、二年生全員が一度に食事をとれる店などそうそうあるわけもない。仕方がないという意見にも頷ける。
「ほれ。少しくらい我慢しろ。俺らだって腹減ってっけど、興味のない城までお前らを引率せにゃならんくて辛いんだ」
「ぶっちゃけトークが過ぎるだろ、キムティー」
「熊ちゃん。また学年主任に怒られるよ」
 時すでに遅しだった。キムティーは学年主任に捕まって叱責されている。俺たちは彼の生きざまを瞳に映し、我慢することと、余計なことを口に出さないことを学んだ。なんていい教師なんだ、キムティー。

 バスで少しの距離を移動し、一条城へ到着した。見学する時間は40分とのことだった。いったい40分で何を学べというのか、甚だ疑問な旅程である。
 まあいい。別に興味があるわけでもない。適当にぶらついてとっとと戻って来よう。早々にバスに乗り込んで居眠りするのが賢明だろう。
「慶超8年に一条城は完成いたしました。大政奉還の意思発表もここで行われ、歴史的転換点を迎えた重要な場所となっております。平成6年には世界遺産にも登録され、来場者数は年間100万人を超えます」
『へー』
 クラスの連中がバスガイドの姉ちゃんの説明に感心している。何とも素直な奴らである。
 バスガイドの姉ちゃんはカンペも見ずにすらすらと説明している。しかし、どこか借り物の言葉という感じがある。恐らく一夜漬けなのではあるまいか。そう思うのは、一応理由がある。
「はーい。バスガイドさん」
「いかがいたしましたか?」
 にこりと微笑む様は美しくもあり可愛らしくもある。化粧っ気は薄く、黒髪は特に工夫もなくおさげにしている。どちらかというと田舎娘然としているのだが、やぼったいというよりかは清楚といった方がしっくりくる。クラスの女子共と比べると、やはり可愛らしさよりは美しさの方が印象に残る。
 そのようなバスガイドさんは、少しおかしかった。
「どうして巫女服なんですか?」
「趣味です」
 言い切った。変な人だ。巫女服を着たバスガイドなどいるわけもない。恐らく、今回だけのバイトとかなのではないか。バスガイドのバイトなんてあるのかはしらん。
 名前はたしか、天津内女(あまつうつめ)といったか。変わった名前だという印象はあったが、名は体を表すとでもいうのか、ご本人も変わっていたとは、いやはや。
 ん? というか、天津って……
 つい先日の騒ぎを思い出したところで、視界の端に大小の人物2人をとらえた。
「対象も教えられず、近辺の異変全てに対処しろだなんてねぇ。今回も無茶ぶりが過ぎるねぇ」
「いつものこと。おかねのはらいはいい」
 何やら見覚えのあるおっさんと幼女もいる。
 人ごみに紛れているが、この間の事件から日も経っていないし、おっさんと幼女という組み合わせの印象が強すぎる。さすがに覚えていた。たしか、国津禍人と国津ククリとか言ったか。
 とすると、あの天津内女も、クロード事件の時の天津照の近親者か何かか。あの時の鵬塚兄の説明を信用するなら、天津神の1柱ってことだろうが……
「そういえば、一条城は『ぬらりひょんの曾孫』で戦いの舞台になっていましたね。任侠ものは男同士の恋愛に萌えるのも一興――失礼しました。それでは中をご案内いたしますわ」
 やっぱ変な人だ。
 まあ、あれか。鵬塚兄が漠然と護衛を頼んだのか。国津2人の様子だと、鵬塚が守る対象だってことは伝わってないみたいだな。天津照辺りにしか詳細は伝えてないとかかね。
 当の鵬塚に視線を向けると、天津内女の説明にこの上なく真剣な様子で聞き入っている。心なし、好奇心で瞳も輝いているようだ。過去の栄枯盛衰を見守ってきたであろう、雄大で落ち着いた雰囲気の天守閣や本丸に、和風ファンタジーっぽさを見出して胸をときめかせてでもいるのだろう。とはいえ、学校を出発した時のような過剰なテンションではないようであるし、般若心経の出番はない。
 うむ。平和でよろしい。

 さくっと一条城を見て回って、駅周辺に戻ってきた。1組から4組の奴らと交代で、きょうと荒び館へ入る。内装は落ち着いた雰囲気で、清潔に保たれており、200人程度の教職員や生徒が来店しても余裕がある間取りをしている。名前の割には和めそうな店である。
 食事の用意はもう済んでいて、席に着くと目の前には肉を主とした料理が並べられていた。多くの料理は卿都らしくというか何というか、日本らしいものだった。例えば、すき焼きだ。具材の入れられた小型の鍋には、先ほど店員が火を点けて行った。ぐつぐつと煮えたぎる鍋からは、醤油やみりんの芳しい香りが漂ってくる。垂涎ものだ。そして、すき焼きといえば当然、卵がつきものだ。トロっとした黄金色の液体に牛肉と野菜をつけて口に運ぶところを想像しただけで、口元が緩む。小皿には卵焼きとお新香もある。甘くてもしょっぱくても卵焼きは人を幸せにする。お新香は正直、そこまで好きではないが、パリパリとした触感は小気味よく、強めの塩気はご飯とよく合う。
 そのようなラインナップの中で、こいつだけは日本料理とは言えまい。
「おー! いいねー、肉じゃん!」
「ハンバーグか……」
 こいつは確か、ドイツ発祥だった気がする。他が日本らしいせいで、どうにも違和感を覚える。
「どした、泰司。ハンバーグ嫌いだっけ?」
「いや。そういうわけじゃないんだが……」
 ハンバーグは鵬塚の好物だ。修学旅行に来て一発目の食事が奴の好物だなどと、そんな偶然があり得るだろうか。
 勿論、あり得る。ハンバーグなど珍しい料理ではない。そのくらいはあり得る。しかし、前述の通り、どうにも違和感があるのだ。
 これは恐らく――
「シスコンめ」
「は?」
「何でもない。食うか」
「だな。いただきまーす!」
「いただきます」
「……た……き……す……
 いつも通りの聴き取りづらい声量で、社会不適合者が料理人や食材に感謝の意を表した。
 好物を頬張った彼女の表情は、これ以上ないほどに幸せそうだった。

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