拍手小話一:「私はせつのう御座います」
「ああ、リアス様。行ってしまわれるのですね……」
ローレシア国の王子リアスが城を出発する前に国民に挨拶して回っていると、一人の女性が瞳を潤ませてそう声をかけた。両の手は胸の前で組まれ、膝は背の低いリアスのために折られている。
「私はせつのう御座います」
そう続けながら、今度は顔をリアスの顔の直ぐ近くまで寄せる。
しかし女性は、そこでぱっと顔を離す。そして――
「はっ、いけない! 私ったらリアス様に向かってなんて失礼なことを……」
そう言って頬を紅潮させた。
その後、壁際まで物凄い勢いで駆け寄り、照れ隠しなのだろうかその壁の方を向いたままで、
「ど、どうかお忘れ下さいまし。身分違いの女の儚い想いなど……」
というようなことを早口に言った。
それを受けたリアスは……
「つかよ。お前」
呆れた様子で女性に声をかける。
「何でしょう? リアス様……」
潤んだ瞳で訊く女性。壁に手をつき、顔だけで振り向いている。
そんな女性を細めた瞳で見つつ、リアスは右手の人差し指で頭をかいた。そして、少々の沈黙の後に言の葉を紡ぐ。
「身分違い云々より、まずはショタコンを恥じろ」
頑として発せられたリアスの言葉。
そうなのだ。リアスは数ヶ月後に誕生日を迎える、現在十二歳。加えて女性は、先日二十歳を迎えた成人女性。一般に言うところのショタコンに属されるに充分すぎる条件が揃っていた。
「恥じるなんてとんでもありませんわ!」
しかし、女性はめげずにそう応えた。壁際などという隅からは退き、再びリアスの元へと寄った。
「少年こそが世の真理! それをめでることこそ世界の全て!」
そして、人目もはばからず、女性はそのように主張する。
当然奇異の瞳を周りより向けられると思われたが、そこは狭い世間。すっかり慣れているのか、皆冷めた反応だ。
しかし唯一、青を基調とした鎧を身に着けた男性――ここローレシア国の兵士が女性の元へスタスタと歩み寄り……
がしっ。
腕をしっかりと取って連れて行く。
「ああ! 何をするんです! まだリアス様に別れの抱擁をっ!」
「王子に迷惑をおかけするなといつも言っているだろう、まったく…… 王子、失礼致しました。どうか良い旅路を」
「リィィぃぃアァぁァぁスゥぅぅゥさああぁあまあぁぁあ!!」
礼儀正しく言葉を紡いで去った兵士と、悲哀に満ち満ちた表情で叫びながら連れて行かれた女性を見送り、リアスは、
「はああぁあぁあ……」
深くため息を吐いてローレシア城門に足を向けた。