やりました!

 とある山腹にて、獣の群れに襲われている旅の者達がいた。しかしその者達は、俊敏な動きの獣達に遅れをとることもなく、順調にその数を減らしていく。そして、最後の獣の喉を一人の少女がすれ違いざまに切り裂き、戦いが終わった。
 そして少女が一言――
「やりました!」
「……うーん」
 その言葉に、少し離れたところで連結式の三節棍をたたんでいる人物が反応した。
 女性と見間違うばかりに端正な顔立ちをした少年。長く伸ばした銀色の髪は綺麗に編み上げられており、それもまた性別を判じ難くしている要因である。
「あのさ、リオン」
 少年は駆け寄って少女に声をかける。
「はい? 何ですか、王子」
 少女――リオンは快活に応えながら、刀にこびり付いた血液を拭う。
 少年はリオンを真っ直ぐ見つめ、少し躊躇してから、意を決したように口を開いた。
「前から気になってはいたんだけど、やっぱりどうかと思うんだ」
「? 何がですか?」
 肝心の部分を口にしない少年に、リオンは小首を傾げて訊き返す。
 少年は少しためてから、
「いくら敵が相手だからって、笑顔で『殺りました!』なんて最期に言うのは――」
 ずがしゃあぁああ!!
 リオンが派手に転んだ。
「ち、違いますっ! そういう意味の『やりました!』じゃありませんっ!」
「え、そうなの?」
 慌てて否定したリオンに、意外そうに返す少年。
 加えて、他にも二名が声を上げた。
「違うんだ!?」
「違うのかい!?」
 それぞれいつの間に近寄ってきたのか。二人のすぐ近くで、男性一名と女性一名がそれぞれ同じ疑問を叫んだ。
 そこで、一筋の汗を頬に伝わせながらも、少年に対して笑みを貼り付けたまま接していたリオンが、険しさを深くした表情を男女二名に向ける。
「カイル様、サイアリーズ様。そんな風に見られていたなんて、わたしショックです」
「ちょ、ちょいと待ちな、リオン! 顔がショックというより、ふざけんなてめぇって感じになってるよ!」
「リ、リオンちゃんは『殺りました』とか普通に言っちゃうくらい黒い方が可愛いと思うな、俺」
 適切な指摘をしたサイアリーズと、見当違いの見解を述べたカイル。それぞれ、ファレナ女王国女王アルシュタートの妹君と、そのファレナ女王国に仕える女王騎士である。ついでに言うと、リオンは女王騎士見習いであり、苦笑して三人を眺めている少年はアルシュタートの長子、いわゆる王子殿下ということになる。
「お二人とも、遺言はそれでいいんですね?」
 少し異質の笑顔を取り戻したリオンが言った。
「――カイル、後は任せたよ!」
「え、え! ちょっ、サイアリーズ様!」
 ダッシュで逃げたサイアリーズと、サイアリーズを呼び止めながらも刀を抜くカイル。そんな彼に、先ほど獣を屠ったばかりの凶器を携えつつリオンが迫る。
 キィン!
 甲高い音が山に響き渡った。
「リ、リオンちゃん…… 太刀筋が本気なんだけど」
「何か問題でも?」
 カイルの軽い抗議にリオンが黒い笑顔を携えつつ返す。それを聞いたカイルは、ため息をついてからちょっとした疑問を口にする。視線の端に王子殿下を捕らえたがゆえに沸き起こった疑問。
「ね、ねえ、リオンちゃん…… 王子も俺たちと同じ反応してたのに…… この差は何なのかな?」
 刀と刀を勝ち合わせて力勝負をしている真っ最中に、歯軋りしつつ言葉を搾り出すカイル。
「そ、そんなこと…… 決まっているじゃありませんか……」
 リオンもまた腕に力を込めつつ応える。その後、数秒ためて、
「愛ゆえにですっっっっっ!!!!!」
「愛ときたかっっっっっ!!!!!」
 盛大な告白だった。

 その後も山中の獣が怯えて逃げ出すような攻防を続ける二名。そんな中、カイルがどんどん傷だらけになっていく様子を見つめていた王子殿下はしみじみとひとりのたまった。
「兄妹愛って素晴らしい……」
 ……微妙な勘違いを訂正してくれる優しい人は、残念ながらいなかった。