人界の一画、町並みも港も大々的に破壊されたリストールにおいて、歓喜と色欲と憤怒と、種々の感情が渦巻いていた。とりわけ、精霊の憤怒こそが際立っていた。彼女のぬばたまの黒髪は心持ち逆立ち、碧い瞳は揺らいでいた。
わなわなと震えながら嗚咽しているティアリスに、セレネが金の髪を揺らしながら歩み寄った。
金髪紅眼の少女は紅玉を細めて、とても素直に喜んでいた。
「アリスちゃん! アリスちゃん! これからもよろしくお願いしますね!」
「うるせーですよぉ!!」
黒髪碧眼の女児が涙目で暴言を吐いた。彼女の口汚さはとどまることを知らなかった。
「ざけんなボケ王おぉお! くだばれクソかみいぃい!」
精霊は、天上へと向けて呪詛を叫んだ。
呪いを世に振り撒く女児のふっくらとした頬を、きらりと涙が零れ落ちた。
いっそ美しくすら感じるその泣き顔に、当然の如く――
「うおおぉお!! 女児の可愛い泣き顔さいこおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおぉおお!!!!!」
変態がその性癖ゆえに狂った。
「うるせーですよッ!! この変態いいいいいいいいいいぃいいいいいいいいぃいい!!!!!」
精霊もまた憤怒ゆえに狂った。
彼らがそう在るように、四界はいつも想いに満ちていた。だからこそ狂い、廃れ、律し、栄えた。
人も、精霊も、魔すらも、人界で、精霊界で、魔界で、想いを貫いて来た。
イルハード神は彼らに彼ら自身の想いを任せ、彼ら自身の選択に任せ、彼らの住まう世界を任せた。それは一種の呪いで、一種の祝いだった。
四界は呪いだけで満ちているわけではなく、祝いだけで満ちているわけでもなく、複雑怪奇に在り続けてきた。四界とはただ、そういうものだった。
神は神界(しんかい)、人は人界(じんかい)、悪魔は魔界(まかい)、精霊は精霊界にて凄し、時に交流を深めてきた。その結果が祝いであれ、呪いであれ、四界は互いを支えた。
呪いが祝いを生むことが有れば、祝いが呪いを生むこともまた有った。あらゆる物事は一概に断じ得ず、どんなに絶望に満ちた結果であろうとも、何時かどこかで希望へと通じ、その逆もまた然りであった。
なればこそ――
「女児は四界の宝あああぁあああああぁああ!!」
「ざっけんなあぁあああッッ!! ですうぅうう!!」
色欲(へんたい)も憤怒(ぼうげん)も、いつかは希望の光を生む一助となるやもしれない。
そんな奇跡を信じて、人よ、神へ――そして、自分自身へと祈りをささげよ。
祈りは想いを支え、想いがいつか奇跡と変ずこともあるだろう。勿論、変ぜぬこともあるだろう。
どちらだとしても、決して救いを求めて祈るなかれ。祈りは誓いだと知れ。
『セレネよ。あの愚者どもを宥めた方がよいのではないか?』
「そうですね、アルマースさん。……イルハードさま。ボクたち、頑張ります」
少女が呟き、賑々しい二者の元へと駆け寄っていった。すると、色欲と憤怒が姿を隠し、秩序が生まれた。
小さな奇跡が町を照らし、活気横溢した人界、ひいては、四界が、ただそこに存在していた。