八月半ばを過ぎた時節。近年の例に漏れず、凄まじき暑さを誇るこの時期。雲ひとつなく澄んだ空より陽の光をジリジリと享受し、俺達――青林府立八沢高等学校の生徒一同は歩を進めていた。
車道は通勤、通学のため、もしくは物流のために様々な車両が行き交う。軽自動車、大型二輪、軽トラック、大型トラック。数え上げればキリがない。そして、それにともない騒音もまた相当なものとなっていた。
しかし、それに負けず劣らず、我らが八沢高等学校の勇士が生み出す喧騒もまた半端なものではない。さすが、月に一度は苦情の電話がよせられる、というだけのことはある。
さて、その勇士達に目を向けてみると、男数名が一緒に登校する光景。女数名が一緒に登校する光景。そして、腹立たしくも男女二名で仲良く登校する光景。そんな光景が広がっている。俺こと富安泰司は、そいつらを眺めつつ、女っ気のないむさい集団の一員となっていた。先ほど信号のところでたまたま会ったため、合流したのだ。
……新学期も早々に、モチベーションの上がらない登校事情だった。
「何を景気の悪い顔してんだよ、泰司」
むさい集団の一員――クラスメートの野村太郎が肩を叩き、声をかけてきた。
太郎は名前も普通なら顔立ちも普通。髪と瞳の色も日本人として標準的な黒であり、やはり普通。行動も突飛なところは一切なく、発言もごく一般的なものばかり。どこまでも普通の男だ。
「この花のない集団に属しておいて、景気のいい顔をできる奴は異常としか言い様がないと思うんだがな、太郎」
「異常は言いすぎだろ。せいぜい、正常の域を逸脱してる、くらいが丁度いい評価じゃないか?」
「それは要するに、異常ってことだろ?」
「ニュアンスの問題さ。ダイレクトに異常というよりは、あたかも正常であるかのようで平和的だろ?」
こいつは妙な言葉遊びが好きだ。
「ま。そうかもな。しっかし、代わり映えのしない面子で一学期と同じ登校風景。つまらん」
「そういうもんだろ。そうそう目新しいことなんて……あ、いや。あるよ。目新しいこと」
「どこにだよ?」
辺りを見渡したところで、太郎の言う目新しいことは見つけられない。
「今じゃなくて、学校についたらだよ。さっき佐々木が言ってたんだ。転校生が来るらしいって」
佐々木というのは太郎同様に俺のクラスメートだ。下の名前は……忘れた。まあ、それほど親しくはないのだ。太郎と同じ部活だからこの場にいるのであって、俺との接点はそれほどない。
「時に太郎。なんで佐々木はそんなこと知ってんだ? まさか連絡網であいつだけに知らされたわけでもないだろう?」
「ああ、それはな。その転校生、あいつんちの近くに引っ越してきたらしいぜ。あいつ自身は見てないそうだけど、母ちゃんが見たって」
……なるほど。そいつは簡単なタネだな。
予想を大きく裏切ることもない結論に、特に感心するでもなく、残念がるでもなく、俺はただ歩き続ける。照りつける陽光と蝉の声という日常が、やや鬱陶しかった。
「あ、そうだ。それから、これが一番重要視するべきことなんだけど……」
太郎がにやりと笑ってこちらを見た。こいつがこんな顔をする時は、大抵の場合、意外性のかけらもないごく一般的な、毒にも薬にもならないことを発表するのである。今回もどうせ期待するだけ無駄だろう。ああ。暑い。
「転校生、めちゃくちゃ可愛いらしいぜ?」
……珍しく、薬になりやがった。見事な栄養剤だ。これで学校まで壮健に歩みを進めることができることだろう。