それだけだった。
あのあと別の会話が始まるでもなく、一時間目の国語を受け持つ教師がやってきて授業に突入した。
新学期早々授業があるというのも鬱陶しいことこの上ないが、教師もそれほどやる気はないようでダラダラの時間が続く。そして、チャイムが鳴って授業が終わると――
「どこから来たの?」
「彼氏いる?」
「趣味は?」
「なんで遅刻したの?」
「転校した理由は?」
比較的お祭り好きな連中が押しかけて鵬塚を質問攻めにした。やはりどの質問も、転校生への質問マニュアルといったタイトルの本でもあれば載っていそうなものばかりだ。もっとも、世の中とはそういうものなのかもしれないな。ありきたりな展開の集合こそが日常なのである。あくまで日常の住人である俺達は、転校生への対処マニュアルから逸脱した行動などそうそう取れるものではないのだろう。
しかし、そう考えると鵬塚真依は日常の住人たりえない。皆への反応が一般的な転校生のそれとは違いすぎる。いやそもそも、一般的な人間のそれとは違いすぎる。
先の質問に対する鵬塚の反応をここに記する。
どこから来たのかと問われれば困った顔を浮かべまごつく。彼氏がいるのかと訊かれればフルフルと首を振り否定する。趣味は何かとの問いにはやはりマゴマゴとまごつき、遅刻の理由、転校の理由に関する質問にはやはりマゴマゴ。その間、言葉を発することは一度も無かった。
そのような応えはいつまでも続いた。皆の質問は俺が数えただけでも十八にのぼったが、マゴマゴ、フルフル、もしくは、コクコクと首を縦に振る肯定のジェスチャー、その三つでひたすら反応していた。
何だろう。この生き物は。
鵬塚がそのような状態だったから、二時間目、三時間目と進み、休み時間が回を重ねるごとに野次馬の数は減っていった。そして、昼時の長めの休み時間を迎える頃には、鵬塚に質問を浴びせに来る者は一人としていなくなった。
まあ……仕方がないだろう。