100メートル走において鵬塚の活躍は顕著であった。一緒に走った6組の女子は陸上部のエースだったはずだが、鵬塚は、余裕とはいかないまでも頭ひとつ分の差をつけてゴールした。当然ながら1位である。
俺ら7組は盛大な歓声を上げ、6組の奴らは盛大なため息をついた。陸上部のエース殿が少しばかり気の毒だった。
「ねえねえ、あの7組の子、凄かったよねー。馬嶋さんに100メートルで勝つ人なんて、そうそう居ないよ。運動神経よすぎ」
「だねえ。バスケ部に誘ってみたら?」
お。早速鵬塚の知名度が上がっているようだ。体育祭で目立って友人を増やす作戦は成功か?
しかし――
「あー、駄目駄目。あの子、結構前にうちにも見学に来たんだ。1on1はレギュラー全員に勝つし、シュートもハーフラインから決めてたよ。でもずーっと、ひとっ言も喋らないの。あれじゃあちょっとねぇ」
……そうだったな。運動部からはこの間、ことごとく拒否されたんだった。
というか、1点大きな誤解がある。
厳密に言うと鵬塚は喋っているのだ。本人としては、いつだって愛想良くしているつもりらしい。しかし、その『愛想良く』している様子が一般的なそれとは全く異なるのである。
結果、大抵の人間からは悪印象を持たれがちだ。とりわけ、運動部に所属している快活人間からは評価が低い。
我らが7組では、ようやく鵬塚式の愛想の良さが浸透してきたところではあるが、体育祭で彼女の活躍を見ただけの初見共にとってみれば、彼女は『お高くとまった女』のように見えたりもするらしい。その印象は180度間違っているのだがな。
ふぅ。まあ、仕方がない。それを踏まえた上での挑戦だ。『お高く止まった』鵬塚真依にも話しかけてくるような根性のある奴を求めて、今回の作戦は決行されているのだ。めげている場合ではない。
次は――借り物競走か。借りられるんか、あいつ。
「鵬塚!」
びゅッ。
無駄に素早い動きでこちらへ駆けてくる社会不適合者。体力がありあまった子供かっつーの。
「次は借り物競走だ。足の速さアピールはもう充分だし、借り物競走は競技点が低い。以上を踏まえた上でひとつ聞こう。次はどんな友だちが欲しい?」
ぽかん。
俺の言葉に鵬塚は大きく首を傾げた。
「1位になって点をとるためなら、お前との会話に慣れた俺や尚子に物を借りれば手っ取り早いが、点を捨てるなら借りる相手を任意で選べる。女友だちが欲しいなら、文化系の部活に属している付き合いのいい女子を探しておこう」
運動部を相手にするのが絶望的なのはもはや証明されているからな。
具体的な説明を受けると、鵬塚は瞳を輝かせて考え込んだ。うーんうーんと呻り、楽しそうに悩んでいる。
「……んぱ……ほ……い……」
ああ、そうか。確かに、同輩と後輩しか今のところ交友関係がないな。しかし、先輩か。俺もこの間まで帰宅部だったという身の上、先輩に知り合いはあまり居ない。
そんな中で、鵬塚の態度にいらつかずに付き合ってくれそうな相手というと……
「よし。なら、この紙をこっそりもっとけ。んで、すり替えろ」
「……ル……?」
細かい奴だな。
「別にズルして勝とうってんじゃねえんだ。気にするな。とにかく、この紙をもって、あそこにいる女の先輩のところに行け。んで、お前なりにでいいから、誠心誠意頼み込め」
あの人は気が長いし、一生懸命な生徒が好きだ。鵬塚を気に入る可能性は高い。
コクコクっ!
うん。まあ、頑張れ。