厳しい顧問が目を光らせている運動部部員は別として、大抵の生徒は適当に歩くだけの体育祭入場行進。しかし、今年は違った。我が2年7組の気迫溢れる行進につられたのか、全校生徒が驚く程まじめに行進に参加した。あたかも軍隊のようだったことだろう。
「いやあ。いい絵が取れたよ。皆さんのおかげだね」
ニコニコと機嫌がよさそうなのは鵬塚兄だ。その隣で、ハンディカムをのぞき込んでいる鵬塚もまた顔が緩みきっている。
先ほど俺も映像を見せて貰ったが、確かにいい絵が取れていた。勇猛な行進は中々に見応えがある。
「よかったね。真依」
「……ん……!」
なでなでと頭を撫でる尚子に満面の笑みを向けて、鵬塚は元気に頷いた。健やかな秋の空に似つかわしい、健康的な光景ですこと。
っと、そろそろ時間か。
「おい、鵬塚。次、100メートル走だぞ」
声をかけると鵬塚は、はっとこちらを見て、真剣な顔でコクコクと頷く。
……行進同様、何をそんなにマジになるやら。活躍して友だちを作る、という目的は確かにあるが、あんまり気迫を放つと逆に引かれかねんと思うぞ。
「それじゃね、真依。手加減はしないよっ」
ひらひらと手を振りながら、尚子は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ああは言っているが、あいつはさほど運動神経がよくない。鵬塚の驚異的な性能に太刀打ちできるとは思えない。彼女たちが対決するとなった場合でも、結果は火を見るよりも明らかだろう。
コクコクっ!
鼻息荒く頷く星選者殿。実力差など気にせず、青春を満喫する気らしい。
ま、頑張れや。
「よーい、どんッ!」
ぱあんッッ!!
たったったったったったったっ!
スターターピストルの銃声と同時に勢いよく飛び出していく同輩達。皆一様に真剣な表情である。各競技についても行進同様、適度なやる気で望むのが通例なのだが、今年はどうにもやる気に火が点いてしまっているらしい。
だりぃ空気……
「なあなあ、泰司」
「ん?」
話しかけてきたのは野村太郎という友人だ。サッカー部に所属している。普段の練習でしごかれているため、体力も走力も一般よりは上だ。
その有力馬が真剣な瞳でこちらを見ている。こいつがこんな目をしているのは珍しい。
「転校生の病気って酷かったのか?」
鵬塚の病気? なんのこと――ああ、そうか。忘れてた。
鵬塚真依は特殊な少女である。彼女は星選者と呼ばれる特別な存在で、俺たちが住まう星、地球の全エネルギーをその身に宿している。彼女の存在は各国に脅威として映り、現在、日本は国際的な場における発言力が高い。当然ながら、そのことを他国の者はよく思わないようで、鵬塚は生まれながらに暗殺の脅威にさらされてきた。それゆえ、鵬塚の存在は極秘事項であり、安全面から今年の春まで学校に通わずに生きてきた。
しかし、彼女は急に学校に行きたいと自己主張を始めた。その結果、東西南北の学校を渡り歩いて安住の地を探す日々を迎えることとなった。ある地を1週間で去り、ある地を3日で去った彼女は、つい先日の夏休み明けに我らが八沢高校へやってきたのだ。
それらの各種事情をそのまま説明するのは問題がある。なぜならば、星選者云々は当然のごとく国家機密だからだ。事情説明には適当な嘘をつくしかない。
結果として、鵬塚兄は学校側に、鵬塚はこれまで病気を抱えていて学校に通えなかったのだ、という説明をしたらしい。そのことはクラスメイトにも伝わっており、太郎が言っているのもそれだろう。
「……あー、まー、それなりにな。運動会や体育祭に出席できないほどには」
ということにしとこう。その方が体育祭が初めてっつーおかしな事情に適している……って、そうか。だからこいつら、涙ぐんだり一生懸命になったりしてるんか。
がしッ!
力強く肩を掴まれた。少しばかり痛い。
「頑張ろうぜ、泰司! 今日だけは負けられねえ!」
……さいでっか。ふぅ。