第4話『命を狙われる者』07

 八沢高天下一武道大会とはつまり、各部代表者とクロードによる、勝負内容が定められていない対抗戦のことらしかった。武道大会という名称にはなっているが、殴る蹴るをせずともよいのだという。勝負内容については対戦者同士で協議して決めるのだとか。この企画の主旨は、転入したばかりの留学生が早く八沢高校に馴染めるように交流すること、らしい。クロードに勝利した部は、来期の部費が5%アップするという報酬もある。その上、負けた場合でも特にペナルティはないとのことなので、参加しない理由はないだろう。
 なお、クロードが天満舘先輩に話を持って行った段階では、本当に殴り合う戦いをしようとしていたらしいが、それは流石に問題だと天満舘先輩が止めたという。最終的に、A4プリントに記載されている要項の通り、合意が取れた場合だけ殴り合う形式に変更されたらしい。また、殴り合う場合であっても、怪我が無いようにスポンジを大幅に増量したグローブの着用が義務化され、蹴りは無し、更には顔面攻撃無し、といったルールが規定された。
「つっても、殴り合いの勝負を受ける奴はいないだろ。希望するとしたら空手部くらいか?」
「というか、どの部も自分の得意分野を希望する気がするわ。うちはどうしたものかしら……」
 ふむ。小説の速読勝負や文芸評論勝負など、流石にどうかという話になるだろうな。まあ、俺は速読も評論も出来やしないが。
「鵬塚先輩が徒競走で勝負してもいいんじゃないスか?」
「それは駄目だ」
「それは駄目よ」
 岬の提案を、俺と尚子で言下に否定した。
 クロードの正体がはっきりしない以上、運動神経優秀な者――星選者と思われる者を選別しようとしている可能性は否定しきれない。当然ながら、勝負内容が運動系であっても、そうでないとしても、部の代表として鵬塚を推すようなリスクは避けたい。
 まあ、先日の体育祭での鵬塚の活躍を考慮すれば、岬の提案はごもっともではあるのだが。
「……た……で……」
 何も考えていない星選者ご当人がお気楽にも、出たいとぬかした。クロードとは親友になれる説を支持する者としては、勝負を受けて交流を図りたいのかもしれないが、俺達の気苦労も考えてくれ。
 幸い哉、岬は彼女の発言を認識していないようなので、鵬塚には悪いが黙殺させてもらおう。
「……たい……!」
 黙殺できなかった。珍しく自己主張が過多だ。
「本人が出たがってるっスけど」
「えっと、真依? なんというか、その……」
 尚子が説得を試みるが、岬の手前、昨夜の襲撃の件を話題に上げるわけにもいかず、言葉に詰まっている。ここは鵬塚兄がケータイに電話して止めるとか、保護者権限を発動すべき時ではないか。
 しかしながら、シスコン兄貴は妹の主張を退けるという選択肢を採らないらしい。
「……わかった。でも、勝負内容は別のにしましょ。もっと文芸部らしい、文系っぽいやつね。そうじゃないにしても、がっつり運動する系のは駄目」
 数十秒ののち、尚子が折れた。何故か、俺が睨まれた。
 いやいや、俺は悪くないぞ。悪いのは鵬塚兄だ。奴がシスコンなのが全ての元凶だ。俺も被害者ではないか。睨まれる筋合いはない。
 謂われの無い恨みをこれ以上買うのも不本意なので、勝負内容について何か提案するとしよう。
「なら、TVゲームで勝負でもするか。体力以外だとそれくらいしか能がないだろ」
「許可が出ないわよ。馬鹿なの。っていうか、真依のこと馬鹿にすんな。馬鹿」
 冷たい目をした尚子に、即座に指摘された。更には馬鹿にされた。うるせえ、アホ。
「相談する前から諦めんじゃねえよ! 許可されるかもしれんだろ! お前こそ馬鹿か! ホウレンソウを大事にしろ!」
「何でもかんでも相談すればいいってものじゃないわよ! それこそ、馬鹿の所業よ! そもそも、校則ってもんがあるでしょ!」
「バレなけりゃ問題ない!」
「生徒会主催!」
 っく。流石に俺の主張の方が苦しいか。諦めて黙り込む。
「馬鹿泰司は放っておいて、何がいいかしら。主旨がクロード――留学生との交流なんだし、日本らしいこととか?」
 尚子はいつの間にやらクロードを呼び捨てにしていた。昼休みの時の鵬塚に対する奴の態度が気に入らなかったが故だろう。
「花札。将棋。習字。けん玉。メンコ。竹馬。色々あるスね」
 岬がいくつかの日本らしいものを挙げた。
 日本らしいという意味では正しいだろうが、クロードとの勝負内容としては正しくないだろう。特に習字でどう勝負するというのか。
「……った……と……い……ど……たの……そ……!」
「やったことないんじゃ駄目だろ。勝てないぞ」
 クロードと交流するだけであれば、楽しそうという理由で選んでも問題あるまいが、一応、勝負だ。せっかくならば勝利し、部費アップを狙うべきだろう。お金は大事だ。
「まあ、楽しめれば、最悪、勝てなくてもいいんじゃない? 部費アップは惜しいけど。あと、クロードはぶっ飛ばしたいところだけど」
 ぶっ飛ばすって、おい。よっぽど腹を立てているらしい。昼休みの件、鵬塚自身は全く気にしていなさそうなのだし、そこまで嫌わずともよさそうなものだが……
 ああ、寧ろ、鵬塚が頓着していないからこそ、自分が怒らなければいけないという義憤に駆られているのかもしれないな。難儀な奴だ。
「そうは言っても、他の部と重複しそうなのは避けないといけないわね。花札と将棋はどっちも同好会があるし、けん玉とメンコと竹馬は昭和を愛する会が提案しそうよね。そこまで考えちゃうと、文芸部らしい種目を選ぶのが無難なんだけど、中々難しいところよねぇ……」
 部長殿が頭を抱えて悩み始めた。
 勝負内容が重複したところで、別に構わないと思うのだが、部長ともなると他の部との折衝についても真剣に考えねばならないらしい。ご苦労なことだ。部員四名の弱小な部活は、会議などの場で肩身の狭い思いをしているかもしれないな。
 しかし、だからといって、文芸部らしい勝負方法などという、そもそも存在し得ないものをひねり出せるかというと、当然ながら無理なわけで、無為な時間が無駄に過ぎていくのだった。
 正直、真面目に考えすぎなんだろうな。もっとテキトーなノリでいいだろ、こんなの。
「他の部が選びそうにない勝負方法なら、文芸部らしくなくてもいいだろ、別に。その上で、フランスには無さそうな遊びってとこで、アレでどうだ」
「は? アレってなによ? 人に分かるように話しなさいよ。馬鹿なの?」
 どうしてこいつは俺に対して無駄に攻撃的な態度なのか。こちらからも反発していては話が進まないため、堪えるとしよう。俺は尚子と違って大人なのだ。
「名前が分からなくてな。おい、岬。そこに立て」
「はあ。いいっスけど、何スか? セクハラはしないで欲しいっスよ」
 誰が男子の後輩にセクハラなどするか。いや、女子相手でもせんけど。
 そんなことよりも、アレのための所定の位置に着く。
「これだ」
 宣言しつつ、岬の掌めがけて自分の掌を打ち出すと、尚子と岬の口から、あー、という言葉が漏れた。ご納得いただけたようで何よりだ。
 しかし、唯一、鵬塚だけは小首を傾げて不思議そうにしている。
「……に……れ……?」
 そうか。高二まで学校に通わずにいた準ニートには、この遊びは馴染みがないか。
「二人で向かい合って、手だけを押して、相手をよろめかせるゲームだ。名前は……知ってるか?」
「たぶん、手押し相撲……かな。ちょっと自信ない」
「僕も部長に一票っスけど、やっぱ自信ないス」
 小学や中学ではよく休み時間にやっていたが、正式名称を尋ねられると、尚子や岬のような曖昧な態度をとらざるを得ない。そんな遊びは数多い。名前があったとしても、それは地方のみのローカル名だったり、実は仲間内だけでしか通じなかったりもする。
 今回の手押し相撲に関して言うと、尚子と岬は世代が一年異なるため、少なくとも、仲間内だけのローカル名ではないのだろう。せいぜい、地方特有のローカル名かと思われる。場合によっては全国区やもしれない。
「確かに、これなら他の部とはかぶらないかもね。クロードはやったことないだろうし、これから練習すれば真依が初心者でも勝てる可能性はあるし……それに、運動神経のアピールにもならないだろうし」
 尚子が言葉の後半を小声で呟いた。岬に変に疑われないための配慮だろう。
「そんじゃ、これに決めようぜ。このプリントによると明日決行らしいし、変に悩みすぎてもアレだろ」
 コクコク!
 物珍しい遊びのことを知れて嬉しいのか、鵬塚が満面の笑みで激しく首を縦に振って見せた。
 痛めても知らんぞ。
「……あんたの意見が通るのは、少し気に入らないけど、真依がやる気になってるし、妥協してあげるわ」
 お前は何でそう俺に厳しいんだ。こんな下らないことで腹を立てていて、胃に穴が空かないか、少し心配になるぞ。
 とにかく、申請内容は決まったわけで、部長殿が直筆で参加者と勝負内容を記載した。彼女はA4プリント中程の点線にそって切り取り、生徒会室まで提出に向かった。
「……の……み……!」
 鼻息荒く、明日の勝負を楽しみにしている、我が部の代表殿である。
 まあ、手押し相撲で星選者かどうかを見分けられるとも思えんし、せいぜい楽しんでくれ。あと、あれだ。小学生のような我が親友殿にお送りするエールは――
 興奮しすぎて今夜寝られなくならないように、気をつけろよ。

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