マクドナルドがある交差点へと引き返しつつ、俺たちはそれぞれ中華まんを頬張っている。俺は当然肉まん。尚子はあんまん。岬はピザまんである。
まず俺と岬が食い終わり、少し遅れて尚子が。そして、最初に食い始めたはずの鵬塚は、未だ一人で懸命にチョコまんを咀嚼している。非常に幸せそうな顔だ。
まあ、買い食いする食いもんは美味さが五倍くらいになるからな。こいつの頬の緩みっぷりも仕方がないだろう。
しかし……
「おい。流石にもう食っちまえ。第二の現場は直ぐそこだぞ」
コクコク。
声をかけると、鵬塚は緩んでいた表情を引き締めて、チョコまんを口に運ぶスピードを上げた。それでも普通の人間である俺から見れば、十分すぎるほどにゆっくりとしたものだったが……
「急がなくていいよ、真依。喉詰まらせたら大変でしょ。こら、泰司! 別にちょっと店の前で待ってればいいだけでしょ!」
頬を膨らませて目を白黒させている鵬塚に、心配そうな視線を送りつつ、尚子がこちらに噛み付いてきた。
こいつ……鵬塚に甘すぎだろ。鵬塚兄に通じるものがあるな。
「甘やかすな。そいつのためにならんぞ。ほら鵬塚。さっさと食っちまえ」
コクコク。
「ああもう…… 大丈夫?」
コクコク。
あのように首肯しているが、やはり少し苦しそうだ。とはいえ、これも買い食いを行う上で必要なスキルだ。我慢して貰うしかない。
直ぐに電車に乗らにゃいかん時に、一気に詰め込む必要があることもあるだろう。買い食いをする者は至高の味を享受する一方で、その苦しみも受け入れねばならぬのだ。
……まあ、俺ら電車通学じゃないけどな。
それはともかく――
「鵬塚。食いながらでいいから聞け」
コクコク。
「マックでは商品を持ち帰るか、店で食べていくかを聞いてくる。今回の目的は買い食いだ。当然――」
「持ち帰りね」
尚子が合いの手を入れた。
「その通りだな。まずはそこをはっきり言うんだぞ」
鵬塚の場合、今回が初マックだからな。いきなりそんなことを尋ねられたらまず間違いなくてんぱるだろう。何をおいても忠告しておかねばなるまい。
コクコク。
素直に頷く鵬塚。
「あと、メニューはどうしますか?」
「買い食いだし、セットは除外よね。あたしはポテトとか好きだな。そういえばケータイクーポンでポテトは安くなるはず――」
いそいそとケータイを取り出す尚子。
ふぅ。こいつは偶にとんでもなく馬鹿だな……
「待て」
「何よ、泰司」
「よく考えろよ、尚子。こいつに」
そこで俺は鵬塚を示す。
彼女はまだモグモグと口を動かしている。ただ、取りあえず全てを口に含むところまではこぎつけたらしい。手にチョコまんはもうない。
「この初マック女に、ケータイクーポン何ていう高技術が扱えると思うか?」
見せるだけでいいとはいえ、こいつは絶対にてんぱってケータイを落としたり、マゴマゴしたりする。
『……………』
尚子と岬が沈黙して見つめる中、鵬塚は首を傾げて不思議そうにしながら、懸命に口をモグモグさせている。
「えーと、何ていうか…… 無理言ってごめん」
「ちょっと無理そうっスよね」
見解の一致がみられたようで幸いだ。
「というわけで、クーポンは使わない方針でいこう」
「じゃーポテトは我慢かな。クーポン使わないと、ポテトってちょっと高いよね」
「そうっスね。小遣いは大体、本で消えるし、ポテトに二百五十円も払ってらんないっスよ」
「全くその通りね」
うんうんと頷きながら、元祖文芸部どもがのたまった。こいつらぶっちゃけアホだよな。
「とすると、チーズバーガーとハンバーガー、マックポーク、シャカシャカチキン――はやめとくか」
あれはフレーバーを選ぶ作業が必要だからな。鵬塚には荷が重そうだ。マックナゲットもソースを選ばなければいけないことを考えると、除外した方がいいだろう。
「あ。真依、食べ終わったね」
コクコク。
尚子の言うとおり、鵬塚はチョコまんを食い終わったようで、満足しきった様子で首肯している。しかし、そこで満足されては困る。
「なら次の作戦だ」
コクコク!
気合は充分なようだ。
「さっきの話は聞いてたな? まずは、持ち帰る旨をちゃんと伝えるんだ。周りの迷惑は気にするな。叫べ」
というか、迷惑には決してならないだろう。こいつが叫んでも、俺らの日常会話レベルの音量しかでないのだし。
「そして、チーズバーガを四つ下さい、と言うんだ」
「あたしはマックポークがいいんだけど……」
「僕はハンバーガがいいっス。チーズが少し苦手で」
「……たし……」
それぞれ文句を紡ぐ面々。というか、鵬塚からも文句が出るとは予想外だ。
「なんだ、鵬塚」
「……ク……ガー……いい……」
は?
「真依。何でビックバーガーなんて知ってるの?」
尚子が訊いた。
全くその通りである。なぜこいつが、ビックバーガーだなんて単語を知っているのだろう。初マックのはずだが……
「……のう……ム……ジ……た」
なるほど……
「何ですって?」
唯一、鵬塚語に慣れていない岬が問うた。
「昨日ホームページ見て予習したんだとよ」
「なるほど…… 用意周到っスね。鵬塚先輩」
コクコク。
本当にな。どんだけ楽しみだったんだよ。
まあ別にいいけど。
ふっ。しかし、『買い食い』をしようとしているというのに、ビックバーガーを選択するあたりは素人だな。
「悪いが、ビックバーガーは却下だ」
鵬塚が瞳を見開く。軽く涙すら浮かんでいる。そこまでショックか。
フルフル!
一生懸命首を横に振って抗議している――が、ここは俺が意見を曲げるというわけにはいかない。
「まあ聞け。ビックバーガーはその名の通りでかい。お前が今日したいのは買って、その上で歩きながら食うことだろう? 正直なところ、ビックバーガーは歩きながら食えるもんじゃないんだ」
「泰司の言うとおりだよ。ビックバーガーは今度にしよう。日曜とか暇なら一緒に来ようよ」
尚子の助け舟も入る。その賜物か、鵬塚は素直に、コクコク、と頷いて嬉しそうに笑った。
親友と日曜に会って食事。いかにもあいつが喜びそうなお誘いだ。
よし。これでビックバーガー問題は解決か。あとは――
「おい。尚子、岬」
手招きすると、二人はこちらに顔を寄せる。
俺は小声で話し出す。
「お前ら、チーズバーガーに統一しないか?」
「えー、何で――ああ、そっか。注文は単純化した方がいいってこと?」
「ああ」
「でも僕、さっきも言いましたけど、チーズ苦手なんスよ」
「我慢しろよ」
「我慢しなさい」
先輩命令が二つも発令すると、岬はしぶしぶ頷いた。
尚子のやつ、あんまり先輩権限を使うのを好かない性質のはずだが、鵬塚が絡むと少し強気に出るな。まあ、ファンタジーフリークのあいつが、星選者殿に懐くのは当然といえば当然だが。
さて。これであとは実践あるのみだろう。
「よし。鵬塚」
コクコク。
「チーズバーガー四つ。持ち帰りで買って来い。チーズバーガーは……いくらだった?」
「百二十円じゃなかったっけ?」
「そのはずっス。えーと、はい。お願いします。鵬塚先輩」
岬が財布から百円玉一枚、十円玉二枚を取り出し、言った。
尚子も鞄を探っている。
さて、俺も――あ。
「あー悪い、鵬塚。立て替えといてくれ」
コクコク。
素直に笑顔で頷く鵬塚と対照的に、尚子は硬貨を三枚、鵬塚に渡しつつ、こちらに視線を送り、言の葉を発した。
「女の子にお金出させるとか最悪」
……うるせえ。