序章:神々、傍観す

 豊葦原(とよあしはら)の中津国(なかつくに)を闇が覆った。深淵に満ちる如き濃い闇が世を支配し、一日、二日と時が過ぎる。
 安寧の象徴たる陽の光の恵みを享受できず、人は不安に縛られ怯えた。
 神もまた頭を抱え、深いため息をつく。
 暗闇の中、天津神(あまつかみ)――月讀命(つくよみのみこと)が神経質そうに顔を顰めた。彼の視線の先には、岩で出来た自然の洞穴が在った。入り口には岩戸が嵌められている。
 その周りには、天津神たちが数多く集っていた。
 遅々と進まない状況を憂えて、月讀命が嘆息する。
「まったく…… 彼女はいつになれば片を付けるのだ。二柱だけであの岩戸に隠れてどれだけ経つと――」
 彼の後ろで寝転がっていた男が嗤った。
「堪え性がないな、兄者よ。果報は寝て待つのがよいぞ」
 そう応じて、男――素戔嗚尊(すさのおのみこと)が楽しそうに大きく笑う。しかし、直ぐに顔を顰めて嘲るように嗤った。
「闇が集うこの時、我らは無力よな。日の本は、何故にこうも負の気が満つるのか」
「……………」
「今さらとはいえ、我らは姉者に責を負わせ過ぎではないか? 最高神だ、太陽神だというのは只の定義に過ぎない。姉者――いや、この関係性すら今となっては定義でしかない。彼女に――彼女たちに我らは頼りすぎている。違うか? 月讀命」
「……………その通りだ」
 月や夜を司るとされる神は、自嘲めいた笑みと共に肯定する。しかし、険しい目つきを携えて、縦に振った首を一転、横に振った。
「だが、そうであるべきなのだ。耐えうる力を有するのは彼女だけ。そして、為せるのは彼女だけ。出来ぬことをやろうとするなど愚か。我らは彼女たちに任せるよりない」
 突きつけられた事実に、素戔嗚尊は嘆息する。
「まあ、な」
 兄弟神が肩をすくめてぼやいたその時、天津神や人の間で歓声が起こった。ゆるりと、豊葦原の中津国に光が満ち始める。
「……ふむ。ひとまず安心か」
「心配をかけおるわ」
 天津神たちに注目され、陽を司る神が姿を見せた。岩戸は開け放たれ、美しい女神が歩み出でる。
 そして、その陰には……

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