「断る」
私の言葉を途中で遮り、ジュネス・ガリオンは不機嫌そうに首を振った。短く切られた剛毛は闇のように黒く、眼光鋭い瞳は血のように紅い。
ここ、グラディアス王国では彼を知らぬ者はいないだろう。……彼の名誉のために言っておくが、何もその顔つきが恐ろしいからではない。彼は――
その時、ジュネスが動いた。
ちょうどいい。言葉で聞くよりも目の当たりにした方がよかろう。
ジュネスは窓際に置かれた鉢植えに手を伸ばし、湿った土を少々つまんだ。そして、右手の親指と人差し指の間で土塊をこね、眉根を寄せたまま何事か呟いた。すると――
「ほぅ」
思わず息をつく。
「今更なにを驚いてんだ、カリム」
ジュネスが鋭いままの瞳をこちらへと向けた。その手には空色の宝石が光輝いている。彼が土塊から造り出したのだ。魔法によって。
そう。ジュネスは魔法使いなのである。それもとびきりの。
ついひと月前には、グラディアス国を襲った魔物を一瞬のうちに消し去っていた。その魔物は首都グラドーを覆い尽くさんがほどに巨大だったにもかかわらず、だ。
そしてこのジュネス。それだけにはとどまらない。剣を握らせれば華麗な蝶のように舞いつつ、暴風のように敵を掃討する。
まさに英雄になるべく生まれてきたかのような男なのだ。そして実際、彼の名声は遠くマラサミーセ公国まで轟いている。
「それはアクアマリンかい?」
彩やかな青を瞳に入れ、私は尋ねた。
ジュネスは馬鹿にしたように口元を歪め、宝石を無造作に投げた。宝石は机上のクッションに納まり、輝きだす。
「馬鹿言え。ガラスだ。頼まれてるのは誕生パーティの飾りつけだからな。宝石なんぞ過分だ」
「しかしジュネス。サリマン公は宝石商の在庫を凌ぐほどの最高級の宝石を望まれたのではなかったか?」
今彼が抱えている依頼は、貴族様からのものだ。娘の誕生パーティのために、宝石商ですら指をくわえる程の宝石を大量に用意して欲しい、とのことだった。
「いいんだよ。ぱっと見、宝石に見えるじゃねぇか。宝石を造るには土塊以外にも色々入用なんだ。あんなしけた報酬だけでやってられねぇ」
土塊をつまみ、どんどんとガラス玉を生み出しながらジュネスが言った。その顔はやはり不機嫌そうだった。
しかし、私は知っている。いかにガラス玉だとてあのように光り輝くのは、彼が優しいからだ、と。サリマン公のご息女は来週六つになる、まだまだ小さな子どもだ。宝石の価値など分からないであろう。しかし、あのキラキラ光る石ころは気に入ることだろう。
「と、それよりもジュネス。聞いてく――」
「断る」
再び切り出そうとすると、彼はにべもなく私の言葉を一蹴する。
「まだ何も頼んでいない」
「カリム。お前とは長い付き合いだ。かれこれ五年にはなる」
ジュネスは恨みがましく私を睨みつけ、だから分かるだろう、と搾り出すように声を出した。
彼は常に不機嫌な表情を浮かべているが、今のこれは常備されているものではない。弱冠ながら、恐怖が浮かんでいる。
……分かってはいたが、ここまで拒否するとは。思わず私も慈悲の心を出してやりたくなった。しかし、そこは思いとどまる。
「既に何名も少女が殺されている。軍もお手上げ――というより、軍の人間も殺されている現状だ。君しかいないのさ」
グラドーでは現在、連続少女殺害事件が横行している。始まりはふた月前、十七歳の女給が殺された。その三日後に十四歳の女学生。更に七日後に十五歳の家事手伝いの少女。
連続で発生した事件に、軍部が重い腰を上げたのはひと月前。そして、半月前に軍部は犯人を捕らえて死刑台に上げた。デルタ・フォーリスという名の傭兵くずれだった。動機は最期までよく分からなかったそうである。そうして、事件は一旦幕を下ろした。
その幕が再び上がったのは、つい三日前だった。貴族の令嬢が殺害された。その手口が、デルタの犯行に似ていたため、軍部は模倣犯が現れたのだと、そう判断した。
貴族が絡んでいることなどから、早急に捜査の網が張られ、事件発生からわずか半日で犯人を追い詰めるに至ったという。しかし――
「帰ってくれ。たっぷり依頼をくれるお得意さんの軍が相手だろうが知ったことか。依頼は受けん」
「そうは言うがジュネス。殺人鬼と化した彼を退治できるのは君だけだ」
私の言葉に、ジュネスは鋭い瞳を落として嘆息した。
「ただの殺人鬼なら問題なんぞねぇよ。だがそうじゃねぇ。だろう? カリム」
そう。彼の言うとおり、犯人は――デルタはただの殺人鬼ではない。
死してなお、彼は少女を殺す。
「幽霊退治だって? 勘弁しろよ……」