魔獣デルタの一件から二十日が過ぎた。現在、グラディアス王国領内にある村の全てが恐怖で満たされている。
というのも――
「そいつは古代竜だ。名前の通り、古代から存在している最も古い竜種だな」
私が現地取材で仕入れてきた情報を伝えると、ジュネス・ガリオンは即答した。
首都グラドーから西方に数日進むと、アヌキィという村がある。いや、あった。
そこが黄土色の竜に襲われたのは十八日ほど前のことだ。そしてそれから竜は、グラディアス領内の村々を六つも襲っている。村民のほとんどは、竜のあぎとにかかり食い殺されるか、炎の息で焼き殺されるかしているのだ。
私の両親のように……
「やはり古代竜か。ならば、君の力で殺せるな?」
「何を根拠に?」
何を根拠に、だって?
「君は昔、古代竜を――私の両親を殺したあいつを倒しただろう!」
はあ。はあ。
声を荒げても、ジュネスは表情を変えることもなく自分の作業を続けている。
彼は先程から街灯石(がいとうせき)――夜間に路上を照らすためのものに、光の魔法をかけている。交通局にでも頼まれたのだろう。
「……古代竜ってのは強い。他の竜が赤ん坊なんじゃねえかって錯覚するくらいな」
おもむろにジュネスが言った。
「だからこそ君に――」
「俺も、必ず勝てるとは言い切れねえ」
……まさか。
「君が、か? しかし……」
「ログタイム国を襲ったやつは老竜だった。それに、ログタイム軍が最期にやつを消耗させてた。あの時は運もだいぶ手伝ってたんだ」
……………
絶句していると、本日初めて、ジュネスが私に瞳を向けた。冷めた目をしていた。
「そんな理由で竜退治をしようってんなら、俺は手伝わねえぜ?」
「……そんな理由とは、どんな理由だ?」
「復讐。それも見当違いな……な」
がッ!
考えるよりも先に手が動いた。私はジュネスの胸ぐらを掴んでいた。
「どこが見当違いだっ! 事実、古代竜は父上と母上を――」
「親を殺したのが人間だったら、お前は俺やそこらの通行人を全員、殺そうとしたのか?」
「――っ!」
……分かっている。これは八つ当たりだ。
いま暴れまわっている竜の罪は、彼が犯したもののみ。かつてジュネスが殺したあの竜の罪まで背負わせるのは、まさしく見当違いだろう。
私はジュネスから手を離し、手近な椅子に座り込んだ。
「……すまない。取り乱した」
ふぅ……
呟くように謝った私を数秒見つめてから、ジュネスは小さく息をはき、街灯石に光をこめる作業に戻った。
そして――
「落ち着いたなら軍と報酬の交渉でもしてこい。随分やられてっからな。あいつらも重い腰あげんだろ」
何気無い口調でそう言った。
「は?」
「おめえの復讐云々がなくても、暴れまわってるトカゲは何とかしといた方がいいだろ?」
相変わらず作業を続けたまま、しかめっ面を携えてジュネスが言った。
……珍しいな。こいつが人道的な発言をするなんて。
行動はともかく、発言内容はたいてい人でなしに感じるものばかりなのだが。
戸惑っていると、ジュネスは作業を続けたまま、鋭い目付きのまま、言葉を続ける。
「何百人死のうが、何千人死のうが、無報酬じゃ俺は動かねえぞ」
……………
「君らしいな」
「そりゃどうも」