皆様は奇跡というものを信じているだろうか?
私、カリム・ログタイムは信じている。私は奇跡に命を救われた。
しかし、奇跡は父上と母上を救ってはくれなかった。両親を目の前で亡くし、そんな中ひとりで生き長らえた。それは救いとは呼べないだろう。
奇跡とは必ずしも救いになるものではないのだ。
それゆえに、私は奇跡を信じるが、信奉はしない。
数年前の春の宵。世界が崩壊したのではないかと錯覚するような轟音が響いた。続けて、この世のものとは思えないいななきが……
ギュオォォオオォオっっ!!
「何事だ!」
あの時叫んだのは誰だっただろうか? さっぱり記憶にない。そんなことは大事でないからだろう。
「お父様! お母様!」
廊下を駆けているのは、かつての私だ。轟音といななきが両親の寝室から聞こえてきた気がして、居ても立ってもいられなくなったのだ。
そしてその直感は、最悪なことに当たっていた。
両親の部屋の外には、激しい羽音を立てて巨大な竜が飛んでいた。黄土色の堅そうな鱗が、月明かりの下で光っていた。
竜が壊したのだろう。部屋の壁は派手に崩れていて、中には外気が侵入していた。たいそう寒かったのを覚えている。
そして、その部屋の真ん中で、両親は抱き合っていた。
「お父様ぁ! お母様あぁ!」
私の声に反応し、二人がこちらを向いたその時、竜が口を大きくあけた。
そして――
「んん……」
目を覚ますと、眼前には焦げた部屋が広がっていた。そしてその中には、黒い人型が二体あった。
両親だった。
竜が炎を吐いたのだろう。部屋の中はまんべんなく焦げていた。
そんな中で、なぜ私が助かったのかは分からない。それこそ奇跡と言わず何だというのか。
両親が死んだ混乱に紛れて、私は外に飛び出した。あそこにいたくなかった。着の身着のままで飛び出し、歩き続けた。
そして、真夜中の街道でジュネスに逢ったのだ。
ジュネスは道の真ん中に立ち、青い顔をしていた。
今思えば、あの時ジュネスは、私のことを幽霊だと思っていたのではないか。長い黒髪を振り乱しながら裸足で走るドレスの女など、どう考えてもまともではない。幽霊でないのならば、狂人だ。
「あ、あの。お加減がよろしくないのですか?」
尋ねたのは私だった。ジュネスの顔色の悪さがつい気になったのだ。
ジュネスは寸の間沈黙し、それから意地の悪い笑みを浮かべた。当時はそのように考えたが、実際のところ恐怖で顔がひきつっていたのかもしれないな。
「……へ。心配には及ばねえよ」
そう口にして、彼はその場を去った。
それから数日後、私は再びジュネスを目にすることになる。竜を殺した英雄としての彼を。
ジュネスはあの頃から、伝説だった。