「ジュネス」
「あ?」
やや機嫌が悪そうだが、気にせず尋ねるとしよう。この程度で怖じていてジュネスと付き合えるものか。
「君はデルタがなぜこのような凶行に走ったと思う?」
「女どもが気に食わなかったから。そして、あいつは力があった」
即答か。しかし、今のだけでは分からない。
「なぜ気に食わなかったのだ?」
「理想の容姿を持ちながら、理想とは違う行動を取ったからだろう。殺された女どもは男遊びが激しかったらしい。Uzpvだったのさ」
Uzpv―偽者。デルタが現場に残した言葉。彼の理想に合わないという意味で『偽者』だったのだ。
つまり――
「デルタは、少女たちに好意を持っていたのか」
「違うな」
違う?
「しかし、彼女たちは男関係に関して以外は、彼の理想だったのだろう?」
恋人としての。
「ああ。理想だった。女どもは、デルタがなりたい姿形をしていた」
……?
「なりたい姿形? どういうことだ?」
ふぅ。
尋ねると、ジュネスはわからねぇか? と口にし、こちらを見た。
「デルタはお前と同じだった。あの男はお前と同じ――性同一性障害だった」
「……何?」
ジュネスの視線が私の胸元へ向いている。『女装』のためにサラシを外しているため、私の胸は適度に隆起してしまっている。不本意だ。
……そう。確かに、私は性同一性障害である。
自分が男であるとしか思えないし、男物の服を着ないとしっくりこない。更にいえば、自分の胸の膨らみが気持ち悪いとまで感じている。
しかし――
「あのデルタがだって? 私は彼を一度目にしているが、筋骨隆々とした逞しい男性だったぞ? 言葉遣いも決して綺麗ではなかった」
見目麗しい少女に憧れ、そのようになりたいと欲し、更には肉欲に溺れた者を私刑にしていた者が、見た目に無頓着で口汚いというのは解せない。
言葉遣いはもとより、見た目だって努力すれば変えられる。私の知り合いの中にも、女性にしか見えない男性が大勢いる。
「問題は見た目じゃねぇだろ。お前だって俺と会った頃は、黒髪長髪に白いドレス。たいそう気味の悪い見た目だったぜ?」
「……あの頃はまだ、周りの者に遠慮していたのだ。特に父上と母上を失望させたくなかった」
その両親も既に亡くなった。
「デルタも似たようなもんだったんじゃねぇの」
「……」
「周りの奴等を失望させたくねぇとか、そんな立派なもんじゃなかったかもしれねぇ。ただ、周りの視線が怖かっただけかもしれねぇ」
……あぁ。
「あいつの見た目も言動も、常識的な世間の目を避けるために身につけた処世術だった。そんなとこじゃねぇかと思うぜ?」
彼は昔の私か。
あの凶行も、自分を偽り続けることに疲れたことが一因だったのかもしれない。
「まぁ全部ただの想像だけどよ。ただ、デルタは女どもをレイプしたことは一度もない。なら、今のような解がもっともらしいと思うぜ?」
私もそうなのかも知れないと考える。そして、彼にも私のように、周りからの理解か、立ち向かう勇気のどちらかがあればよかったと嘆かずにいられない。
多くの者に手をかけたことは許されることではない。それでも、安らかに眠って欲しい。せめて私だけはそう願おう。
「書いて、売るか?」
見透かされていたか。しかし、もうそんな気は起きない。
「いいや」
応えると、ジュネスは肩をすくめた。そして視線を巡らし――
固まった。
「? どうした」
彼の視線の先を見やると、数名の少女がいた。
どこかで――
そうだ! 彼女たちは今回の事件の犠牲者だ。
つまり、
「ジュネス! 彼女たちも魔獣なの……か……?」
思わず言葉を飲み込んだ。ジュネスがこの上もなく青い顔をしていたからだ。
もしかすると……
「Ortsgvmrmt!」
突然ジュネスが魔法を使った。雷鳴が轟き、少女たちを光が包む。
そして――何も起こらなかった。
いや、正確にはそうではない。地面は雷の影響で砕けている。
しかし、少女たちには何も起きていなかった。黒焦げになるどころか、かすり傷ひとつ負っていない。
魔法が効いていない。
魔獣ではない。
つまり――
「幽霊!?」
ばたんっ!
大きな音に驚き隣を見ると、ジュネスが倒れていた。
……まぁ仕方がない。
慧眼な皆様はもうお気づきかもしれないが、一応明かしておこう。
ジュネスは幽霊が怖いのだ。
……情けないと笑わないであげてくれ。私はかつて爆笑したが。
ちなみに、私は幽霊たちに散々文句を言われた。殺人鬼を倒してくれたことに対して礼を述べたかっただけなのに、なぜ攻撃されなければいけないのだ、と。
その文句がまた、知性の欠片も感じられない単語で成されていたため、私は頭が痛くなった。
これは、今回の件の私の分の取り分を多くしてもらわぬと割に合わないな。まったく……