整備された地面が黒く焦げている。魔法という不可思議な力がいかに強大か、よく分かる光景だ。
小さな炎が未だくすぶっている中、辺りを見回してみる。デルタの姿はどこにもない。
「ゆ、幽霊にも、魔法は効くのだな……」
安心したせいか、私は立っているのが億劫になり座り込んだ。
ジュネスはそんな私を見下ろし、鼻を鳴らす。そして、鋭い瞳によく似合う悪態をつく。
「馬鹿じゃねぇの」
「な……! いきなり何だ! いくら私でも、理由もなく馬鹿にされたら怒るぞ!」
はぁ。
ジュネスは深くため息をつき、こちらを冷めた目で見た。
「安心しろ。理由があって馬鹿にしてる」
……理由があるからといって安心できるものでもないが、まずはその理由とやらを聴いてみるとしよう。ジュネスに視線を送り、話を促す。
ジュネスは一拍おいてから、続けた。
「未だ幽霊だとか言ってんのが、馬鹿だっつぅんだよ。いや馬鹿じゃ生温いな。キチガイだ。お前は」
そこまで言うか?
……文句を口にしても話が先に進まないだけなので耐えるがね。あぁ、私はなんと大人なのだろうか。どこかの誰かとは大違いだ。
「……何かむかつく顔してんな、てめぇ」
「気にせず続けたまえ。君はあのデルタが幽霊ではないというのだろう?」
尋ねても、ジュネスはしばし渋面を携えたままだった。しかし、直ぐに口を開いた。時間の無駄だと気がついたのだろう。
「そうだ。あれは幽霊なんて馬鹿げたもんじゃねぇ。Nztzmrnzだ」
……は?
今のはおそらく古代語だろう。しかし、その道に明るくない私は、当然ながら意味が分からなかった。
「ちっ。キチガイ相手に説明するのは面倒だな」
先程のくだりを踏襲しているのだろうが、この場合キチガイという評価が合っているかといえば、合っていないだろう。
「Nztzmrnzは……無理やり今の言葉に直せば『魔獣』ってとこだ」
「魔獣?」
デルタは確かに獰猛な獣のようだったが……
「言っただろ? 無理やり今の言葉にしたんだ。しっくりこないこともあるさ」
私が露骨に不思議がっていたのだろう。質問をはさむ前にジュネスが先回りした。そして更に続ける。
「より正確に説明するなら、生物の残留思念に闇魔法で仮そめの体を与えた結果ってとこか」
なるほど、確かに先程よりは納得できる。人も獣も生物には違いない。
闇魔法というのは確か、自然魔法と対比して用いられる種類の魔法だ。自然魔法が、炎や風、雷などの自然が生み出す事象を引き起こすものなので、闇魔法はまあ、それ以外の事象を引き起こすのだろう。
それ以外というのが何なのかと尋ねられても困るぞ? 知りたいのであれば、ジュネスに尋ねてくれ。
当のジュネスは構わず説明を続けている。
「そして、魔法で生み出された魔獣は魔法で倒せる。だからほれ。あの殺人鬼も綺麗さっぱりだ」
ジュネスが腕を向けて示した先には、確かに魔獣デルタの姿はない。
「これにて一件落着だ」
そう締め括るジュネス。しかし、その瞳は険しい。この険しさは常のものではない。機嫌が悪いときのものだ。
おそらく、気になっていることがあるのだろう。即ち、デルタを魔獣にした者は誰なのか、と。
しかし、考えて出る答えでもなかろう。縁があれば、今後その者と相対することもあるに違いない。その時を楽しみにしておけばいい。
……私は会いたくないがね。何やらヤバそうな匂いがプンプンする。
そんなことよりも、私としてはデルタについて知っておきたい。彼のセンセーショナルな行動は、裏話をまとめて執筆すれば、出版社が高く買ってくれそうだ。
……ジュネスは何か掴んでいるだろうか? この男はしばしば鋭く、そして的を射る。