邪教 svivhb 02

 ルーエン殿の話をかいつまむと、私がまさに調べていたウヴルム教団の討伐に手を貸して欲しい、というものだった。ウヴルム教団が貴族の娘をさらったのだという。
 貴族の祖は武勲を立てた人物である場合が多い。そのため、血統としては魔力の強い者が生まれる可能性も高い。しかし、彼らは魔法の訓練に精を出すことなど決してなく、舞踏会できらびやかに舞い踊るための練習に心血を注ぐのが常だ。結果、貴族は魔力は強いが能力がない者が多くなる。
 今回さらわれたのもそういった者たちのようであり、一人は既に亡くなっているという。グラドーから南東の洞穴の奥深くで、変わり果てた姿で息絶えているのを近隣の村の者が見つけたそうだ。
「で? 俺らはもう一人を無事救えばいいわけか?」
 大層嫌そうに、ジュネスが言った。彼の手には冷たい空気を放ち続ける石――保冷石(ほれいせき)がある。生鮮食品や乳製品の鮮度を保つのに主だって使われる魔法具である。
 どうもジュネスは、この間から、ガラス玉作成やら街灯石作成やら、雑多な作業をよくやっているな。魔法使いは何かと入り用と聞くし、こういった仕事もどんどんこなしていかないと金が足りなくなるのだろう。
「はい。報酬に関しては色をつけさせて頂きます。人の命がかかっておりますゆえ」
 ルーエン殿はジュネスの態度に腹を立てるでもなく、丁寧な物腰で言った。人間が出来ている。ジュネスとは大違いだ。
 ギロっ。
 ジュネスの目つきが鋭くなった。しまったな。顔に出ていたようだ。
「と、ところで、ルーエン殿。グラディアス国は広い。当たりもつけずに探し回っても手遅れになる可能性の方が高いでしょう。手がかりは全くないのですか?」
 ジュネスの恐ろしい目つきから視線を逸らして、私はルーエン殿に向き直る。
「それはごもっとも。ウヴルム教団の本拠地はグラドーに在ると、騎士団の調査部は申しておりました。娘が幽閉されているとしたらそこか――」
「ちげえな」
 言い切ったのはジュネスだ。
「なぜそう言い切れるのだ?」
「既に南東で高い魔力の宿った気高き血が流された。なら、次は北西だ」
 ? 意味が分からない。
「カリム。古代竜の事件を思い出せ。高い魔力を有した古代竜の血が大地を穢したのは?」
「南西だ」
 ぱちん、と指を鳴らしてジュネスが仏頂面で頷いた。ご名答、という意味らしい。
「じゃ、古代竜の被害があった村々を逆から順に思い出せ」
 何だというのだ。そのように思いながらも、私は記憶の糸をたぐり寄せる。
 グラドーから直ぐ北のガルナ、北東のアマダ、東のハーナン、南南東のゾーン、真南のナハーダ、南南西のウォーレイ、西のアヌキィ。こうして思い返して見ると、とんでもない被害だったのだと分かる。各々では村人の多くが命を落とし、大地は人々の血液で赤く染まっていた。
 ……ん? 待てよ。
 もう一度、被害のあった順番に思い返して、続けて、ウヴルム教団が為したという残酷な事件の在った地へと連ねてみる。これは――
「逆五芒星?」
「そうだ。ウヴルム教団とやらなのか、他の誰かなのか、某かが血の穢れを持って逆五芒星を描こうとしてやがる。紅き逆五芒星はしばしば――」
 ジュネスは立ち上がって書棚へ向かう。徐に本を一冊抜き取って、こちらへと放った。その本のタイトルは――『禁忌の召喚』……
「Wvnlm、悪魔の召喚に使われる」

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