邪教 svivhb 04

 かつん…… かつん……
 闇に包まれた空間に、ルーエン殿と私の足音だけが反響する。現在は、ロキサの外れにある涸れ井戸に潜って、横穴を奥へと進んでいるところだ。この横穴は戦時中に掘られた避難用の洞穴であり、現在では存在すら知られていないとのこと。知っているのは老人たちばかりである。
 ここ最近、この洞穴に某かが出入りしているとの情報を得た。時期の重なりも相まって、ウヴルム教団が絡んでいる可能性は高いだろう。
 びちゃ。
 ? 何やら妙な音がしたな。鼻をつく刺激臭も漂っている。
 視線を巡らしてみる。闇の濃い地下ゆえに視界は悪いが、カンテラを持って来ているので、ある一定の範囲は見渡せる。そして、私達の視界に人影が飛び込んできた。
「……死者か。カリム殿は下がっていてください」
 腐った肉をボトボトと落としながら、ゾンビやグールが五、六匹現れた。ルーエン殿がすらりと腰のロングソードを抜き、私と死者の間に立つ。神聖騎士殿の実力を拝見するチャンスだな、と余裕ぶってみせながら、私は震える脚で数歩下がる。
 一方で、ルーエン殿はひと呼吸のうちに一匹のゾンビを切り捨てた。神聖騎士の剣には聖なる力が宿っているようで、ゾンビは断末魔の叫びを上げて塵と化した。素人目には、一流と評されるジュネスと同等の剣の腕を持っているように見える。彼は二太刀、三太刀と鋭い斬撃を放ち、死者を屠っていく。
 ざんッ!
 騎士の剣が最後に残ったグールの脳天を砕き、暗がりでの戦闘は終わりを告げた。
「――ふぅ。大事はありませんか、カリム殿?」
「ええ。さすが王宮に仕える神聖騎士様ですね。助かりました」
 素直な感想を述べると、彼は苦笑した。
「貴方の相棒、ジュネス殿の足下にも及びませんよ。僕などは騎士として最下層の階級ですからね」
 そうなのか。門前の小僧なんとやら、と言うが、ジュネスの剣技を長年近くで見ているというのに、私には剣士の力量を見定める眼力が備わっていないらしい。
「それよりも、こうしてゾンビやグールが姿を見せるというのは、ここにウヴルム教団が居を構えている可能性が高くなりますね。場合によっては低級悪魔も現れるかもしれません。カリム殿は僕から離れないようにしてください」
 ロングソードを抜き身で手にしたまま、ルーエン殿は目つきを鋭くした。
 彼の言を信じるならば、ウヴルム教団は悪魔を飼っているという。悪魔を召喚するには、魔力の豊富な血液で出来た逆五芒星が必要らしい。
 魔力の質と五芒星の規模によって、悪魔は大きく三つに分類される。別段工夫もなく、低級、中級、上級というくくりである。上級悪魔ともなると、今回のような大規模な逆五芒星と、古代竜のような膨大な魔力を有した血が必要となる。しかし、低級悪魔であれば、人ひとり分の魔力と手の平サイズの逆五芒星で事足りるという。
「低級でも、悪魔というのは強力なのでしょうか?」
「……それは、直ぐにわかるかと思います」
 と、私の疑問に対するルーエン殿の言葉。どういうことであろうか?
 ざッ。
 歩み出て、ルーエン殿は剣を再び構える。刃の向かう先には闇が広がっていた。
 その闇が――動いた。
 暗闇を凌ぐほどの黒が狭い空間を駆ける。開けた場所であれば背の翼を広げて翔るのであろうが、こうも狭い洞穴の中ではそうもいかないのだろう。全身を漆黒色に染めた存在は、筋肉質な脚を駆使してルーエン殿との距離を詰めた。そのままの勢いで、大きなかぎ爪を携えた右の手を突き出す。
 キィンっ!
 甲高い物音が反響して地下を駆け抜ける。ルーエン殿が敵の一撃をロングソードで受け止めたようだ。
 そう。敵だ。新たな敵が姿を現したのだ。恐怖を促す黒き体は、まさに物語などで語られる彼らのそれだった。
 彼ら――つまり、悪魔だ。

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