反魂 ivergzorazgrlm 04

 階段を五階分ほど下った頃合いに、ジュネスが突然足を止めた。玄関ホールで散々暴れ回ったゆえ、どうせ我々の侵入はレウニオン卿の知るところになっているだろう。そのことを踏まえ、ジュネスは足下を照らす煌々とした明かりを魔法で生み出していた。しかし今、その明かりを突然消した。
「どうし――」
 どんッ!
 声をかけようとした私の肩を、ジュネスの手が思い切り押した。当然私はよろめき、ひやりと冷えた土壁に体を預けることとなる。
 何をするのかと文句を紡ごうと口を開いた、その時――
 びゅうッッ!!
 風が空間を吹き抜けた。通路の入り口はしっかり閉めたきたため、このように風が吹き抜けることはないと思われるのだが……
「カリム! 急いで下りろ! 敵だ!」
 キィン!!
 ジュネスの怒鳴り声に続いて、金属音が鳴り響いた。視界が闇に覆われているため判ぜられはしないが、恐らくはジュネスが敵の攻撃をロングソードで防いだのだろう。
 カッカッカッカッカッ!!
 石段を大急ぎで駆け下りる。あのような狭い空間に私までいたのでは、ジュネスも思い切り戦えないに違いない。
 視線の先にぼんやりとした明かりが見えてきた。階段の終わりが近づき、更には、目的の空間へと至ろうとしているらしい。
 キィンっ! カンッカンッ!
 階上からは戦いの音が響いてくる。ジュネスの手により明かりが再度点けられたようで、後ろに視線を向けると白い光が目に映る。あれならば、ジュネスの視界も安定して即座に悪魔を切り捨てられる、そう思っていた。しかし、戦いの継続を示す金属音は鳴り止まない。
 ……これまでよりも高位の悪魔ということなのか。
 ぶるっと体を震わせながらも、私は下を目指す。ガンダルフ・レウニオンが居るのは直ぐそこだろう。ジュネスが苦戦しようとも、卿を説得することが出来れば戦う必要性が無くなる……はずだ。
 とん!
 ようやく階段を下りきった。開けた空間が視界に入る。異様に広い。その空間の中央に、人影が在った。
「ようこそ。カリム・ログタイム殿」
 しわがれた声が、空間によく響いた。白髪を後ろになでつけた初老の男性。ガンダルフ・レウニオン卿その人である。
「レウニオン卿……」
「儂自身の力では御せない古代竜を倒して下さったまではよかった。しかし、ウヴルム教団への過干渉、更にはこの屋敷への侵入、いささか越権行為が過ぎるではないかな?」
 遠く、空間の中心に立っているレウニオン卿の声は、不思議と私の元まで届いた。私は早足で彼の元を目指す。
 すると、レウニオン卿の足下に何かがあるのに気づく。彼の腰くらいの高さのそれは、壁の松明に灯された炎が発する淡い光に照らされ、頼りなく存在していた。この世に在るようで、無いような、そんな脆さを漂わせている。
 更に足を進める。レウニオン卿は無表情で佇んでいた。私が辿り着くのを待っているようにも思える。彼もこのようなことは止めたいのかもしれない。悪魔の力を借りて反魂の邪法を試みるなどということは。だからこそ――
 ?
 足を進めるうちに疑問を覚えた。レウニオン卿の足下にあるものは何なのだろう。私は当初、あれは卿が腰掛けるためのベンチのようなものだと考えていた。しかし、そういった用途の道具には見えない。
 そう、あれは――
「……その方は!」
 ようやく見えた。ゆらめく炎の光で微かに照らし出されたそれは、棺だった。そしてそこには、静かな表情で眠るように横たわる少女の姿が――ミライア・レウニオンの姿があった。
 魔獣デルタの犯行は首を切るという残虐なものであった。そのため、横たわる少女の首には微かに継ぎ目のようなものが見える。
 やはり卿は、悪魔の誘いを受けて、黒き希望を信じたのだ。
「レウニオン卿」
 呼びかけると、彼は死んだような瞳をこちらへ向けた。生気を一切感じさせない、そんな目だ。
 私は――
「ミライア様は亡くなられました。それは純然たる事実です。死は覆せない理。我が友ジュネスは、貴方がこれから為さることを止めようとしている。彼はアレで優しい男です。彼が貴方の行為を妨げるというなら、それは貴方のためでしょう。まだ、間に合います」
 私自身、発した言葉を完全には信じていない。確かにジュネスはそういうところがある。それは間違いない。それでも、ミライア様が蘇り、レウニオン卿と再び親子で過ごせる未来があるのならば、それは正しいのではないだろうか。それこそが、彼らのためなのではないか。
 そうは考えながらも、その想いを吐露するわけにはいかない。ミライア様の蘇生は、つまり、非常に高位な悪魔の召喚を条件に為されるはずだ。
「理、か……」
 呟くと、レウニオン卿は口の端を歪めた。そして、小さな声で笑い始めた。ようよう笑い声は大きくなり、空間を反響する。
「理など下らぬわっ! そも、蘇生が為せぬのは人の世の理。魔の領分において、蘇生など容易い。なれば儂は、娘のために、愛すべきこの子のために、いくらでも血に塗れようぞ!」
 すらり、と卿が腰に差したレイピアを抜いた。その切っ先が向かう先は――私だ。
「亡国ログタイムの姫君よ。高貴な血は古来よりWvnlmに捧げられる。貴女の犠牲をもって、我が愛しの娘は蘇るのだ!!」

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