反魂 ivergzorazgrlm 03

 レウニオン子爵のお屋敷に侵入すると、人間は一人もいなかった。代わりに、ロキサ村で目にした悪魔の姿が多数あった。ジュネスによれば、いずれも下級から中級程度の実力のものばかりだという。それでも、私から見れば充分に脅威である。足がすくむ。
 ずんッ!
 ロングソードの一撃で下級悪魔たちが容易く消え去った。ジュネスは剣に聖なる魔法をかけているようで、彼の一閃がもたらす結果は、悪魔たちを戦慄させた。
 悪魔たちが醜い断末魔を響かせて消え去っていくなか、ジュネスと私はお屋敷の玄関ホールにある大きな階段を上る。その間も、ジュネスの剣技が黒い影をあっさりと引き裂き続けた。
「ガンダルフの部屋は何処だ!」
「すまん。知らん」
 嘘をついても仕方がない。私が正直に謝罪すると、ジュネスは冷めた視線をこちらへ向けた。
 しかし待ってくれ。いくら何でも、人様の家の内情まで知っている人間などそうそういるだろうか? そのような人間は終ぞろくな者ではない。
 と、私が脳内で言い訳している一方で、ジュネスは早々に気持ちを切り替えたらしい。
「なら、しらみつぶしだ! Ifrm Vero Hkrirg, Hzxivwmvhh Uzmt!」
 古代語の詠唱を受け、お屋敷を光が満たす。光は悪魔たちを追跡して、滅ぼした。我々の視界に居る悪魔たちは全て浄化されたようだ。
 だッ!
 それと同時に駆け出す私たち。部屋という部屋を片っ端から開けていく。
 書庫や食堂、執務室に寝室、客間と思しき部屋もある。そのうちに、年頃の女性のものと思しき部屋があった。綺麗に整理されており、埃ひとつない。
「ミライア様のお部屋、か……」
 レウニオン家は奥方様が十年前に亡くなっており、お子様はミライア様お一人であったと聞き及んでいる。
 見つけた部屋は女性の部屋、というよりは、少女の部屋といった風だった。ともすれば、ミライア様に姉上や妹君がいない以上、ここは彼女の部屋ということになろう。
 レウニオン卿は彼女の死を受け止められず、彼女が帰る日を夢見て毎日掃除を続けていたのだ。
「……ふん。人は死んじまえばお終いだ。馬鹿な夢を見やがって」
 ジュネスが呟いて、ミライア様のお部屋に這入っていた。
 彼の言うとおりなのは間違いない。人は死を避けられぬ。この世界が誕生したその日から変わらない、絶対の理だ。しかし、愛する者のためにその理を曲げようと努力することを、果たして『馬鹿な夢』と切り捨ててよいものなのか。私には分からない。
「Ezkli」
 ぱちん、と指をならしつつ、ジュネスは古代語を呟いた。すると、彼の手元から水蒸気が立ち上る。蒸気はゆらゆらと漂い、壁の一画に吸い込まれていった。
 ジュネスがそちらへ歩み寄って両腕に力を込めて壁を押すと、ずずずと鈍い音を立てて壁が奥へと吸い込まれていく。そして、ようよう闇へ続く階段が姿を見せた。
「また地下かよ。ったく、辛気くせえ」
 吐き捨てられた言葉が階下へ堕ちていく。
 私には悪魔の気配も、魔力の高ぶりも感じ取ることは出来ない。しかし、漆黒の闇の先を見つめ、言い知れぬ不安と、幾ばくかの寂寥感を募らせた。

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