レウニオン卿は子爵とはいえ、内政への発言権も高いと聞く。公明正大で実直、貴族には珍しく、剣や魔法の腕も立つとの話だ。傍流のミッドガルド家嫡男、ルーエン殿が悪魔と渡り合えるほどに剣の腕が立つのも、レウニオン卿という立派な方を目にして育ったからだろう。
ジュネスと私は、そのガンダルフ・レウニオン子爵のお屋敷の前に居る。ミッドガルド家よりも更に豪奢な建物は、しかし、どこか寂しく映った。ミライア・レウニオンという大切な華を失ったせいかもしれない。
「時にジュネス。なぜレウニオン卿のお屋敷へやって来たのだ? 私たちもウヴルム教団本部の摘発に立ち会うべきだったのではないか? 今まさに残党たちが最後の仕上げをして、恐ろしい悪魔を呼びだそうとしているかもしれないではないか」
今さらながら、私はずっと疑問に思っていたことを口にした。よしんば教団本部の摘発に立ち会わないのはよいとしても、レウニオン卿を訪ねる意味は本当にわからない。
「お前、馬鹿だよな」
「な!」
突然の雑言に、私は言葉を失う。
「常々思ってはいたが、改めて思うぜ。よく雑誌に文章を載せられるもんだ。脳みその使うとこが別個なんかね」
続く悪口のオンパレード。
「君! いくらなんでも怒るぞッ!」
「ああ、悪い悪い。本当のことを言い過ぎた」
……口の減らない男だ。
「でまあ、どこら辺が馬鹿かっつーとだ。レウニオンを疑おうと一切考えない辺りだな」
「は?」
「人が好いっつーか、何つーか。古代竜事件にも、ウヴルム教団の件にも絡んできて、かつ、どのように血が流れることになっても、逆五芒星の完成に支障をきたさない戦局を築いたのは奴――ガンダルフ・レウニオンだ」
古代竜の時には、古代竜かジュネスか、どちらが倒れても強大な魔力を持った血が大地を染めただろう。邪教の一件も、教祖か魔法使いか、どちらかの犠牲によって紅き星は完成した。
しかし――
「古代竜や教祖が勝利した場合、レウニオン卿は教団に遅れをとったはず。そんな綱渡りなことをするだろうか?」
「別に綱渡りじゃねえよ。教祖が勝利しようが、洞穴を崩せばウヴルム教団の奴らは全滅だ。事実そうなった」
それは――そうだ。教祖のみならず魔法使い二名も命を落としたのだ。ジュネスの言が正しく、レウニオン卿が全てを画策していたのならば、そもそも洞穴に魔力の高い者を集わせて犠牲にするのが目的だったのかもしれない。
「それにな。古代竜を飼ってたのは恐らくレウニオンだろう。ウヴルム教団は、古代竜が村を襲う順番から逆五芒星に気づき、棚ぼたに預かろうとした小悪党だ」
「な……に……?」
言葉を失う。
「古代竜ってのはそう簡単に御せる存在じゃねえ。実際にそんなことを為したっつー話は終ぞ聞かんが、やるとすりゃあ桁外れの魔力制御を必要とするだろう。俺でも、あのババアでも無理だ。洞穴の崩壊に巻き込まれて死ぬような間抜けな教祖にできっかよ」
ジュネスでも、古代竜の件でお世話になったイーヴェラさんでも無理となると、なるほど教祖などにも不可能だろうことは想像に難くない。しかし、そうであるならばレウニオン卿でも無理なのではないか。
その疑問に私が思い至ったことを察したのだろう。ジュネスは小さく頷いた。
「レウニオン自身にもやはり無理だ。レウニオンはある意味被害者さ。幻想に取り憑かれた憐れな人の子」
幻想。うたかたの夢。人は何時の世にもそれを望む。
「今回の首謀者は、Fkkvi Wvnlm――上級悪魔だ。より高位の悪魔をこの世に招こうと画策してるに違いねえ。魔獣デルタを生み出したのも、古代竜を操ったのも、そして、レウニオンに指示を出してロキサ村で大量の血を流させたのも、闇を司る魔なる存在」
冬の夜が見せた魔の幻想――魔獣となったデルタが為したこと。レウニオン卿に訪れた絶望。
そうか。あの時から、全ては始まっていたのだ。
「悪魔はデルタを利用して、ミライア・レウニオンを死という闇へと誘った。そして、ミライアの蘇生という餌をもってレウニオンを操っている。悪魔を喚びだせばそんな幻想すら叶う。そういう夢想を植え付けたんだろう」
反魂――死者の蘇生、か。
それは、誰もが望み、誰もが届かない、永遠の幻想。