グラディアス王国の首都グラドー。その広大な都市の一画に喧噪が溢れていた。ロキサ村での邪教事件から半日ほどが経過した早朝のこと、神聖騎士団が中心となって、当の邪教本部を襲撃したのだ。
ウヴルム教団の教祖や幹部はロキサ村で絶えたようで、本部に残っていたのは女性や子供ばかりであったという。抵抗を受けることもなく鎮圧したと、神聖騎士の一人、ルーエン・ミッドガルド殿からは聞いている。
一方その頃、私ことカリム・ログタイムとリオ・ミッドガルド嬢、そして、グラドーの誇る大魔法使いジュネス・ガリオンは、邪教本部のある郊外からは遠く離れた中心街、貴族の家が軒を連ねる区画へやって来ていた。我々庶民の暮らしている辺りとは一線を画した豪奢な建物が多い。さすがは貴族様、といったところだろう。
「リオ。お前んちはどこだ?」
「あちらですわ。もう直ぐそこになります」
貴族のご令嬢を相手にしているとは思えないジュネスの態度に鼻白むが、リオさんは別段気にした風もない。本人が気にしていないのであれば、私がとやかく言う必要もないか。
ミッドガルド家はレウニオン家の傍流という話であったが、それでもお屋敷は大層立派なものであった。広大な敷地に建てられた三階建てのお屋敷を、秀逸な細工の鉄柵が囲っている。門扉からお屋敷へと続く道の左右を彩る庭には、色とりどりの花々が植えられており、道を行く者の瞳を惹く。
傍流の家でこれならば、レウニオン家の豪奢さはどこまでのものなのだろうか。私もかつては、祖国にて王族という身の上であったとはいえ、貧乏文士生活が長くなった今となっては、彼らのような豪奢な生活は遠い過去だ。
「どうぞお上がりください。父と母へのご挨拶も必要かと。二人の未来のことなど諸々含め……」
桜色の頬に手を当ててリオさんが言った。彼女はどうも、ジュネスのことを男性として気に入ってしまったらしい。何とも残念な娘だ。
一方で、ジュネスは歯牙にもかけていない。もっとも、相手は十三歳らしいゆえ、二十歳を過ぎているジュネスが彼女を相手にしようものならば、彼は一気に犯罪者の仲間入りだ。まあ、元から目つきの鋭さや言動が犯罪者のそれと大差ないのだが……
ギロっ!
おっと、顔に出ていたか。常の如くめざとい奴だ、ジュネスは。
私が瞳を逸らしてそしらぬ顔をしていると、彼は諦めたように一度ため息をつき、リオさんへと鋭い瞳を遷移させた。
「一人で帰れ。んなことより、レウニオンの家はどこだ?」
にべもない口調と態度に、リオさんは一瞬呆けて、それから涙ぐんだ。このような場合、私であればたじろぐところだが、さすがはジュネスとでも言うべきか、ぶれない。
「泣くな、うぜえ。とっとと教えろ」
乱暴に言われると、リオさんは堪らずしゃくり上げて、いよいよ声を上げて泣き出してしまった。十三歳とはここまで幼いものだっただろうか? 私自身が十三歳だった頃など遠い昔のこと過ぎて、よく思い出せない。
理路整然とした区画を少女の泣き声が駆け抜ける。色々と誤解を生み出してしまいそうで焦る場面のはずだが、ジュネスは涼しい顔だ。
「ちっ。埒があかねえな。カリム、お前はレウニオンの家、知ってっか?」
リオさんのことを完全に放置して、ジュネスがこちらへと質問の矛先を変えた。
「まあ、知ってはいるが……」
ちらりとリオさんに視線を向ける。
が、ジュネスは気づかないふりを決め込んで、さっさと歩き始めた。目的地がわかるのであれば泣きわめく子供に興味などない、という風だ。
「とっとと来い」
頑とした口調のジュネスに促されて、私は彼のあとに続くことにした。
……しかし、リオさんをこのままにするのも気が引けるな。ふぅ。
「リオさん。ジュネスは口が悪いですが、レウニオン卿の屋敷に直行せず、ここまで貴女を連れてきたのは、多少なりとも貴女を心配してのことです。邪険にするのも照れくささの裏返しでしょう。あまりお気を落とされませんよう。では、失礼」
そうとだけ口にして、私はジュネスを追った。
リオさんは未だ涙声ながらも、
「ジュネス様! カリムさん! 是非、今度うちへいらして下さい! お礼がしたいんです!」
と叫んだ。
二人の未来、などという面倒な話がないのであれば、ジュネスもそこまで邪険にする気はないのだろう。もしくは『お礼』という言葉に反応したのかもしれない。リオさんに背を向けたままであったが、右手を大きく挙げてひらひらと振った。