邪教 svivhb 07

 洞穴の天井が少しずつ崩れ始めた。このままでは生き埋めになってしまうだろう。しかし、外へ出ている暇があるかというと、難しい。ここに至るまでに結構な距離を歩いている。倒壊が時間の問題とすると、私たちに残された道は諦めることだけのように感じる。
「Kldvi Lu Wvhgifxgrlm!」
 私の暗い思考を遮り、ジュネスの声が響いた。彼は腕を上に構えて、膝をついている。
 我々のいる空間の上空に薄暗い層のようなものが生じた。層はどんどんと膨らんでいき、直径が数十メートルの円形をかたどる。
「Yivzp Wldm Zoo!」
 があああああああああぁああァん!!
 魔法使いの力強い言葉が続き、円がそのまま上を目指して突き進んだ。円は砕石も土塊も、全てを崩壊させて地上を目指す。
 そうしてしばらくすると、私たちの瞳には満天の星空が映った。

 あれから数時間。洞穴が倒壊したことによりロキサ村も多少の被害を受けていたが、洞穴は村の直下に広がっていたわけではなく、郊外の森の下に広がっていたらしい。実際、ジュネスが放った魔法も森の一部に大きな穴を穿っただけであった。村の被害状況としては、使用していなかった井戸の倒壊、家畜数匹の死亡、そして、農地の一部が穴ぼこだらけになった程度のものだ。
 一方で、洞穴の中に居た者たち――ウヴルム教団の信者たちの生存は絶望的と言っていいだろう。村人とルーエン殿、そしてジュネスも仏頂面で救命活動に乗り出したのだが、今のところ遺体ばかりが積まれていく。そのたびにジュネスの顔は険しくなった。
「……強大な悪魔を喚びだそうとしていた者たちとはいえ、不憫な」
 思わず呟くと、ジュネスに小突かれた。
 何だというのだ……!
「睨むな。お前があんま馬鹿なんでつい手が出ただけだ」
「無茶な要求をするな、君は! 一層睨みたくなったぞ!」
 瞳をつり上げて抗議すると、彼はうるさそうに耳を塞いだ。そうしながら、村人たちが運んできた遺体に視線を向ける。これで何体目なのか、数え切れない程になっていた。
 ……ん? あれは、見たことがある顔だ。どこで見たのだったか。ウヴルム教団などといういかがわしい団体に関わりそうな知り合いなど、終ぞ居はしないはずなのだが、さて。
 そうしてしばし考え込んで、ようやく分かった。彼はレウニオン卿が雇ったという魔法使いだ。情報を得た際に彼の人相書きも受け取っていたため、見覚えがあったのだ。もう一人雇われたという魔法使いもまた、その直ぐ後に運ばれてきた。やはり亡くなったらしい。
「あ!」
 リオさんが声を上げた。彼女は多数の遺体に怯えながらも成り行きを見守っていた。そして、知った顔を見つけたらしい。
 運ばれてきた遺体は、ウヴルム教団の教祖のものであったという。高級な布地のローブに身を包んでいた初老の男性は苦しそうに表情を歪め、息絶えていた。
「教祖様、ね。あいつに魔力があったのか、なかったのか。まあ、奴が雇ったっつー魔法使い共の犠牲で充分か」
 呟いたジュネスは、相も変わらず渋面を携えていた。
「何十キロ規模の紅き逆五芒星。はっ。何をするつもりなんだかな」
 小馬鹿にした笑みを浮かべながらも、彼の目は鋭すぎる程に鋭かった。
 ウヴルム教団は不本意ながらも全滅した。ならば血の逆五芒星を利用する愚者など居ようはずもない。にもかかわらず、私は言い知れぬ不安を覚えていた。
 びゅうッ!
 遺体が積み重ねられ、不穏な空気の流れる村ロキサを、冷たい風が吹き抜けていった。

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