「R Dzmmz Drhs Zmw Zkkvzo」
レウニオン卿が朗々と古代語で詠唱し始めた。彼のその詠唱が終わる時こそ、強大な悪魔がグラディアス王国に降り立つ時なのだ。何をしてでも止めねばならない。
しかし、私に何ができるだろうか? 魔法どころか武器も持っていない。殴りかかるにしても腕っ節の弱さには自信がある。高齢なレウニオン卿にさえ、適当にいなされる可能性が高いだろう。
「Yb Blfi Kldvi」
ええい! 考えていたところで仕方があるまい。まずは行動だ。
たっ。
地を蹴って、レウニオン卿に迫る。振り上げた右腕を、卿の右頬に向けて突きだした。
すぅ。
「っとっとと」
たたらを踏んで、無様に転がることだけは何とか避けた。私の渾身の一撃は、レウニオン卿にあっさりかわされてしまったのだ。
「アホ! んなへっぴり腰じゃガキも殴れねえよ!!」
悪魔と戦いながらも怒鳴り声を上げるのは、我が友ジュネス・ガリオンだ。
そんな余裕があるのなら君がやってくれ……
「R Dzmgh Gl Iverev Hzw Trio」
……めげてる場合でも、他力を欲してる場合でもないか。
ダっっ!!
下手に考えても駄目ならば、何も考えない!
レウニオン卿の腕が私の襟首を掴む。しかし、私は構わずに突き進み……
ばぁんッッ!!
「がはっ」
い、息が出来ない。視界が宙を回転したかと思うと、私は地面に背中からたたきつけられていた。
「Blf Ziv Vero」
レウニオン卿は冷たい瞳でこちらを見下ろし、詠唱を続けた。
くそ…… 歯が立たない。
「Vero Rh Blf」
いや! 諦めている暇などないではないか!
腕の筋力を酷使して、体をぶんっと回転させる。そうして、レウニオン卿の足を払う。すると、さすがの卿もバランスを崩した。そこで私はすかさず立ち上がり、卿へ体当たりをする。
どんッ!
これには堪らずレウニオン卿も倒れた。しかし、だからといって詠唱を止めはしない。
「っ! ……Mld, Trev Nv Nrtsgb Kldvi!」
すらり。
私は倒れた卿の腰からレイピアを抜く。剣は幼い頃にほんの少し習っただけゆえ、全く自信がない。しかし、こうしてレウニオン卿が地面に寝転んでいる状態であるならば、細い刃先で卿を――敵を葬ることも出来るだろう。
……………………………
「カリム!!」
金属音を響かせながら、ジュネスが再度叫んだ。彼の声に込められていた意味は如何なるものだっただろうか。
ともかくとして、私は――
つい先頃にも考えていたことを思い出してしまった。どうすることが、本当にレウニオン卿のためになるのか? ミライア・レウニオン嬢のためになるのか? 如何なる未来が、彼ら親子の幸せなのか? 迷ってしまった。
そして、一分一秒を争う局面において、迷いは罪だった。
「Ivergzorazgrlm!」
突如、地下に黒き風が吹き込む。黒風はミライア嬢の棺に集い、鈍く発光し始めた。
反魂の法が完成してしまった。