反魂 ivergzorazgrlm 07

 地下空間を黒き風が吹き荒れて、幾ばくかの時が経った。地下の闇は静けさを取り戻し、全ての音を吸い込むかのようだ。
 ぼっぼっぼっと風で消えた松明の火が再び点いていく。ジュネスか、レウニオン卿か、ひょっとすればジュネスと戦っている悪魔の魔法だろう。微かな明かりが暗がりを照らした。
 すぅ。
 影が動いた。長い眠りについていた憐れな姫が、ゆっくりと身を起こしたのだ。ぼんやりとした眼が闇を彷徨い、私を捕らえる。しかし、直ぐに視線を遷移させ――
「お、おぉ…… ミライア……!」
 ミライア・レウニオン嬢は、涙を流して震えている父親を瞳に入れる。見事に蘇生を果たした彼女は、ふらつく足で地を踏みしめて、立ち上がった。
 召喚されるはずだった悪魔の姿は見えない。もしかしたら、ミライア嬢の蘇生だけが成功して、悪魔の召喚は未遂に終わったのではないか。そうであれば、万事が上手くいったと言っても過言ではない。
 彼ら親子にとって最も良き未来が選択されたのだ。
「ああ…… よく顔を見せておくれ。愛しの娘よ」
 すぅ。
 未だ上手く歩けないらしいミライア嬢へ近づいて、レウニオン卿は涙声で言った。ミライア嬢の頬を両手で包み、慈しみの瞳を惜しみなくそそぐ。そして、ようようその腕に抱いた。
「よかった、本当に…… あんな風に突然人生の幕を下ろされて、さぞ辛かっただろう? お前の人生はここからまた始まるのだ。望むことをして、望む未来を掴めばよい。人と出会い、別れ、泣き、笑い、恋をして、いつか儂の元を去るとしても、優しく健やかに、元気で――」
 レウニオン卿の心からの想いが、堰を切って言葉となった。子を想う父の姿に、私は思わず笑む。
 そして――
「ぐふっ」
 レウニオン卿が吐血した。彼は戸惑いの表情を浮かべて自分自身の腹へと瞳を向ける。腹には細く長い白魚のような腕が吸い込まれていた。
 腕は――ミライア・レウニオンのものだった。
「……ミラ、イア…… なぜ……?」
 尋ねられると、『ミライア』はにっこりと微笑んだ。
『ご苦労だったな。お初にお目にかかる。我が名はHzgzm・Ofxruvi。悪魔の王だ』
「……んだ、と? ミライア……は……?」
 息も絶え絶えで、レウニオン卿が問う。
 私はというと、あまりのことに動けずにいた。『ミライア』を馬鹿みたいに見つめることしかできない。
 一方で、ジュネスは今も他の悪魔と戦っているらしい。闇の中から金属音が聞こえてくる。
『安心しろ。人の子よ。我は契約を大切にするでな。憐れな人の子の魂ならば、事実この器に返したぞ』
 そこまで口にして『ミライア』は顔を歪めた。
『だがな、我ら悪魔は器なくこの世に居られない。ゆえに、『ミライア』を借りた。結果、脆弱な人の子の魂など――ああ、なんだ』
 意地悪く言い募っていた『ミライア』だったが、はつまらなそうに表情を曇らせる。遊び場を無くしたように、おもちゃを取り上げられたように、気落ちした。
『死んだか』
 絶望を呟いた『ミライア』は、私に視線を向けた。レウニオン卿の死体を乱暴に投げ捨てて、彼あるいは彼女が歩みを進める。腰が抜けている私の元へとやって来た。
「……あ……あ……」
『ふむ。抵抗しないのかね?』
 つまらなそうに言の葉を紡ぎ、『ミライア』は嘆息した。しかし、だからといって見逃してくれるわけではないらしい。『ミライア』の真っ赤に染まった腕が振り上げられ――
 どぉん!!
 大きな音が響き、閃光が空間を駆け抜けた。閃光は私と『ミライア』を分断する。
『ほお。Nzib・Nztwzovmv、貴様に御しきれぬ人の子とはな』
『――っ! 申し訳ございません、我が王よ』
 先程の閃光はジュネスの魔法だったらしい。彼と戦っていた悪魔が『ミライア』の背後に現れて、深く謝罪した。
 その隙に、ジュネスもまた私の隣へとやって来た。
「下っ端だと力不足だろ。お前がかかってこいよ、なあ、王さんよ?」
 相手が悪魔の王でも、私の友はお構いなしらしい。下品にも右手の中指を立てて挑発した。
 彼のそのような様子を、悪魔の王はいっそ楽しそうに見返している。
『ほぉ、珍しい。成功例か』
 ぴく。
 王の言葉に、ジュネスはいつも以上に目つきを鋭くした。
 どうかしたのだろうか? そもそも、『成功例』とはどういう意味か?
「ふん。やっぱてめえらには分かるのか」
『Ivergzorazgrlm――貴様らの言葉では、反魂の法、だったか』
 ……ま、まさか。
 どっどっどっ。
 心臓が高鳴る。心がざわついた。
『前王Qvhfh・Xsirhgの魂と同化し、返り咲いたか。憐れな人の子よ。なるほど、人にしては高い魔力も得心するよ』
 王の言葉。
 つまり、そういうことなのだ。
 ジュネスは――

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