悪魔 wvnlm 02

「おー。ガリオンとログタイム殿じゃねえか。どうしたよ。巨大魚の一本釣りすっか?」
 湖ではギリュウ・ラ・ザム殿が釣り糸を垂らしていた。彼の脇には、彼の身長よりも大きな魚が十数匹積まれていた。まさに巨大魚という名がふさわしい。
 ところで、イーヴェラさんは何処だろうか? ぱっと見たところおられないようだが……
 ばしゃ。
 湖の水面で音がした。そちらへ瞳を向けると、巨大な影が水中を漂っている。
「なっ!」
「お。ライエルじゃねえか。珍しくガリオンが来るもんだから顔出しやがったか?」
 ギリュウ殿の言葉に続いて、水しぶきが宙を舞った。
 陽の光に照らされたしぶきがキラキラと煌めく。そして、艶やかな鱗を携えた水竜が姿を見せた。
 彼の背には――
「あ、カリムくんじゃん! お久しぶりー!」
 赤いビキニに身を包んだ幼女、イーヴェラさんが居た。
 バシャバシャと水音を響かせながら、彼女を乗せた水竜が岸辺にやって来る。
『やあ、ジュネス。十年ぶりくらいかな? ミッシェルが寂しがってたよ』
「さっき会った。んなことより、そこのババアの格好はどうなんだ? 正直キモイだろ」
 あんまりなジュネスの言葉に、当然ながらイーヴェラさんはこめかみに青筋を立てた。水竜、ライエル殿の背から飛び降りる。
「Uvzgsvi!」
 彼女が叫ぶと、真っ白い羽が背に生えた。その姿はさながら天使のようである。しかしながら、聖なる乙女が為したことといえば……
 がしッ!
 小さなおみ足がジュネスの顔にめり込んだ。
「おりょ。こんぐらい避けなさいよ。あんた、何か変ね」
「っるせえ」
 小さく悪態をつき、ジュネスはそっぽを向いた。その視線は私のそれと絡む。再度視線を逸らす友人。
 ……なんだというのだ。
「んー。ギリュウ。ライエル。ジュネスを連れて湖を回遊してらっしゃい」
 イーヴェラさんの言葉に、ジュネスは眉をしかめた。私に対するよく分からない態度ではなく、分かり易く怒っている。
「は!? んなことする気はねえっつーの! ここに来たのは――」
「うっさい。ほれ、ギリュウ」
「承知! がっはっはっ! ほら、行くぞ! ガリオン!」
『ジュネスを乗せて遊ぶのも久しぶりだなぁ。あの頃はほんの小さな子供だったのにねー』
 マイペースにもジュネスを攫っていくギリュウ殿とライエルという名の水竜。ジュネスは不満を叫びつつも、さしたる抵抗をすることもなく湖に繰り出していった。あれは、何だかんだで湖の回遊を楽しみにしているのやもしれない。
 というか、今はそんな場合ではないのではないか。この地の雰囲気はグラドーの危機的状況からかけ離れていて、非現実的ともいえる。グラディアス王国は今、悪魔の支配を受けて暗雲が立ちこめているというのに……
 ひたひた。
 水を滴らせながら、イーヴェラさんが私に近づいてきた。天使の羽は既に消えている。
 にこり。
「カリムくん。ジュネスの秘密を知っちゃったんでしょ」
 柔らかな笑みで尋ねられ、私はいささか居心地が悪くなる。気まずさを感じつつ頷いた。
「だよね。この前と態度違うもん。何か、一生懸命あの子の友だちでいようと努力してる感じ」
「そんなことは! ――ない、です……」
 実際、そんなことはない、と思っている。悪魔の力を得て蘇生を果たしたといっても、ジュネス自身が悪魔なわけではない。彼は目つきも口も、性格も悪いが、その実、優しい男だ。文句ばかりいいながらも、各地で不安という闇を抱えている人々に希望の光を与えてきた。
 そのことを、五年という短い付き合いながらも、私は知っている。
「うんうん。君は良い子だもん。事実、ジュネスのことを好いてくれていて、本当に友だちだと思ってくれてる。それは分かるよ。でもやっぱ、この前とは微妙に態度が違うんだ」
 そう、なのかもしれない。私は知らずに、ジュネスを……
「そう難しい顔しないの。カリムくんはジュネスが怖いとか、嫌いとか、そう考えてるわけじゃないよ。あの子が向けられることになる好奇の瞳から、あの子を守ってあげたいと思ってるんだよ。そうやって気負ってるから、いつもと違って見えちゃう」
 気負っている? ジュネスを守る? そうなのか?
 私はいつもジュネスに守られてきた。力のない私は、圧倒的な力を持つ英雄の彼に引け目を感じていたのかもしれない。だからこそ今――
「でも、カリムくんはあの子の保護者じゃないんだよ」
「……っ!」
 微笑む幼女は、実際の身長よりも一回りも二回りも大きく見えた。
「庇護されるべき時は終わったの。あの子はもう自分の足で歩ける。だから必要なのは――」
 共に歩むこと。今まで通りで居ること、か。
 先程までの私は、ジュネスのために何が出来るのかと悩んでいた。しかし本当に悩むべきは、ジュネスと共に何をすべきなのかだ。
 もう迷うことはない。
 いつもと同じだ。人々を苦しめている悪魔を止める。そして――
「Fkkvi Wvnlm共を相手にするんでしょ? 分け前、あたしにも頂戴ね」
 素敵な笑顔のイーヴェラさんが言った。
 さすがはジュネスの知り合いである。思考回路が似ている。
 そう。大量の悪魔を相手取るのだ。しっかりと金銭的報酬を得なければなるまい。
 それが、私たちの流儀だ。

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