悪魔 wvnlm 04

 びゅうううぅうッッ!!
 空気の駆け抜ける音が耳朶を刺激する。竜が大空を翔る姿は、古代竜の件を含めて何度か目にしているが、こうして彼らの背に乗るのは初めてだ。
 ディズドア山脈から首都グラドーへは、徒歩であれば五日ほどかかる。それも無理を押して強行軍を続けて五日だ。これから戦いに挑むというのに、そのような体力の浪費は避けたい。ということで、私たちは竜種の方々の背に乗せて貰って、首都グラドーを目指すことにしたのだ。
 ミッシェルさんの背にはジュネスと私が、ライエル殿の背にはイーヴェラさんとギリュウ殿が、他の翼竜数匹の背には集った勇士、人間やドワーフ、ワーウルフ、更にはエルフまでもが居た。翼竜や勇士の方々は、ミッシェルさんとライエル殿が選出した実力者たちだ。
「あんま群れんのは好きじゃねえんだがなぁ」
 ぼやいたのはジュネスだ。この期に及んで何を言うのか、まったく。
「君は感謝の心というものを持つべきだぞ」
「カンシャノココロ。へっ。なんだそれ? 食えんのか?」
 ふぅ…… 常と同様に態度の悪い男だ。

 グラドーが見えてきた。遠目に見える中央街は、常なれば人でごった返しているのだが、今は閑散としている。時折、黒翼を有した異形の者が跋扈しているくらいだ。
「結構いやがるな」
 ジュネスの言うとおり、街のあちらこちらに黒い影が見える。更には――
 ひゅッ! ばさッ! ばさッ! ばさッ!
 私たちに気づいたのだろうか。悪魔たちが空に飛び立ち、こちらへと凄まじい速度でやってくる。
『っとと。雑魚はみんなに任せる予定だし…… ジュネス、ちゃんと掴まっててね!』
 ミッシェルさんはそう言うと、突然スピードを上げた。というか、私にも注意を喚起して欲しいものだ。ジュネスへの声かけを耳にして、慌てて彼女の背に掴まったからいいとしても、そうでなければ振り落とされていた。
『……ちっ。おしい』
 ……………わざとか。彼女はなぜか私を敵視している。
 ま、まあそれはともかく、ミッシェルさんは襲い来る悪魔を巧みにかわして先を目指す。
 ちらりと後方に視線を送ってみると、翼竜が炎を吐いて漆黒の異形を焼いていた。他にも、翼竜の背に乗ったドワーフが、特大の斧を操って黒翼の異教徒を真っ二つにしている。どうやら、ジュネスやイーヴェラさんなどの主戦力が居なくても問題はなさそうである。
 空を行く我らの前に、悪魔が多数立ちはだかるが、大多数はあっさりと翼竜や、その背に乗る面々に屠られる。仮にそうでなくとも、ジュネスやイーヴェラさん、ギリュウ殿があっさりと降す。
 そしてようやく、私たちはグラドーの街中へと降り立った。
『ふぅ。人間の街に来るなんて久しぶりだよ。小回りの利く格好の方がいいよね』
『そうね』
 呟いたライエル殿とミッシェルさんは、光に包まれた。私はまばゆさに顔を顰めて、一瞬だけ彼らから視線を逸らす。そして、再び視線を戻した時には――見知らぬ人間の男女が居た。男性は蒼い短髪の好青年、女性は紅い長髪の美少女である。
『この格好も久しぶりだなぁ』
『ジュネス、どう? 可愛い?』
 彼らの口から出た言の葉より、彼らが水竜と炎竜であることが分かる。しかし、あまり実感は沸かない。竜が人の姿を採るなど、思いも寄らなかった。
 しかし、ジュネスやイーヴェラさん、ギリュウ殿にとっては自明の理だったようで、別段驚いている様子もない。
「んなことより、とっとと行くぞ。馬鹿と煙は何とやらっつーし、Hzgzm・Ofxruviはきっとあそこだろう」
 言ったジュネスは、街の中央辺りにある王城を指さした。ちなみに、馬鹿と煙は、というのは彼の口の悪さから来る適当な理屈だったようで、実際はHzgzm・Ofxruviの気配がそこから漂っているらしい。
 イーヴェラさんとギリュウ殿、ライエル殿は特に異存ないようで、素直に足を進めた。
 一方で、ミッシェルさんは不満そうに頬を膨らませる。
『もおっ。ジュネスのイケズ……』

 翼竜たちは空を翔る悪魔たちを、人間やエルフ、ドワーフたちは地を駆ける悪魔たちを相手取る。そうしてグラドーの街を行く中で、男女数名が私たちの行く手に現れた。
 街の人だろうか……?
 そう考えて、私が声をかけるために一歩前に出ようとした時――
「やっと俺の出番だな」
 私を押しのけてギリュウ殿が前に出た。続いて、ライエル殿とミッシェルさんもまた一歩を踏み出した。
 彼らの出番、ということは……
『ようこそ、前王Qvhfh・Xsirhg様とお供の方々よ。我らHzgzm・Ofxruvi様の側近、名を――』
 どすっ!
 人の姿を採った悪魔の一人が口上をたれる中、音が響いた。
「話が長ぇんだよ、三下!」
 瞬く間に悪魔の目の前へ移動したギリュウ殿が言った。
『ぐ…… き、貴様あああぁああ!』
 悪魔はギリュウ殿の腕を腹に生やして、叫ぶ。そして、唐突にその姿を消す。滅びたようだ。
 残るは、ここにいるだけで五匹。
「さて、久しぶりに全力と行くかね。よろしいですかな、イーヴェラ様」
「ミッシェルとライエルが居るとはいえ、上級悪魔が五匹となるとちと厳しいでしょうし…… ま、いいでしょ。許可するわ」
 ぱちんッ!
 ギリュウ殿の呼びかけに応えてから、イーヴェラさんが指を鳴らした。
 すると――
 しゅううううぅううぅう。
 ギリュウ殿の姿が、変わった。大きな獣の耳が頭上に現れ、尻尾までも生えている。顔つきも獣のそれに近くなったようだ。ギリュウ殿は、ワーウルフだったらしい。
『はっはあ! やっぱこの姿の方が調子出るぜ!』
 びゅッ!
 叫んでから、ギリュウ殿は姿を消した。いや、正確なことを言うなら、凄まじいスピードで悪魔たちとの間を詰めた。
 悪魔たちは突然目の前に現れた人狼に驚き、慌てて跳び退る。
 ギリュウ殿はうち一匹を追いかけて地を蹴った。
 また、ミッシェルさんやライエル殿もまた、悪魔たちに向けて駆け出す。その速度は常人のそれとは一線を画しており、人の姿を採っていても、彼らはやはり人を遥かに凌駕する竜なのだと実感する。
『ジュネスとヴェラちゃんは先に行って!』
『ここは僕らとギリュウで充分だよ。終わったら街中の他の悪魔を相手にしとくね』
 それぞれ悪魔二匹を相手取りながら、竜たちが言った。
 ギリュウ殿もまた、一匹の悪魔を相手にしながらも、余裕ある様子で頷いている。先程のように一撃で屠ることは叶わないようだが、それでも悪魔の攻撃を適当にいなし、順当に一撃一撃を悪魔に打ち込んでいる。
「おっけー。んじゃ、ヨロシクぅ」
 イーヴェラさんは軽い調子で応えて、笑顔で駆けだした。
 ジュネスに至っては、さも当然というように無言で駆け出す。
「皆さん、ご無事で!」
 そう声をかけて、私も彼らのあとを追った。

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