「Ifrm Vero Hkrirg, Hzxivwmvhh Uzmt」
街中を駆けている最中、イーヴェラさんが突然立ち止まって呟いた。すると、光が辺りを満たし、結果、行く手に控えていた悪魔たちが消滅した。レウニオン卿のお屋敷でジュネスが使ったのと同じ魔法のようだ。
彼女の魔法の威力に、悪魔たちはたじろいだよう。残った者たちはこちらを警戒して近づいてこない。
しかし、そのような中で近づいてくる影があった。影は異形の者ではなく、人のようだった。
「ジュネス殿! カリム殿!」
「ルーエン殿!」
見覚えのある顔が、白銀の鎧に身を包んだ一行と共に現れた。彼らはルーエン殿が所属する神聖騎士団のようだ。
「ルーエン。そちらがジュネス・ガリオン殿か……」
ルーエン殿の背後から壮年の騎士が歩み出た。四十代半ばと思しき容姿ではあるが、その佇まいは若々しく、二十代の若者たるルーエン殿に引けを取らない。
彼の視線はジュネスに向けられていた。
「貴殿は悪魔の味方との疑いがかけられている。貴殿らに協力することはできん。加えて、我らは陛下を安全な場所へ匿い、街の悪魔から臣民を護っているところだ。貴殿らの相手をしている暇もない」
「なっ!」
あんまりな物言いに私がくってかかろうとすると、他でもないジュネス自身が止めた。そして、人を小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「あっそ。お前らみたいな雑魚に協力して貰おうなんざ、はなっから考えてねえよ。勝手にやんな」
そうとだけ言って、さっさと歩みを進める。
イーヴェラさんも彼の後に続く。その際に、魔法を放って物陰に隠れる悪魔たちを滅ぼすことも忘れない。
私はというと、騎士に対して何かを言いたかったが、ぐっとこらえて彼らを追う。
ルーエン殿のみが、ご武運を、と口にして見送って下さったが、他の面々は何を言うでもなく踵を返した模様。
……くそっ。
「なに不細工な面してんだ」
「君は悔しくないのか! あのような態度をとられて――」
「あいつらにはあいつらの仕事と立場がある。それだけのことだろ」
あっさりと言って、ジュネスは先を目指す。
納得できずにいると、イーヴェラさんが私の肩を叩いた。
「言葉だけが全てじゃないっしょ?」
にっこりと笑って、イーヴェラさんもジュネスに続いた。
言葉だけが……全てじゃない? あ!
騎士たちは我々を拘束するでもなく、見逃した。グラディアス国民の多くがジュネスを恐れているだろう今、彼らはジュネスを捕らえて殺すべきだったのだ。しかし――
「……ふぅ。面倒くさい男たちだな」
すぅ。
王城の門扉へと至ったその時、天から女性が降り立った。その容姿には覚えがある。
『お早いおつきですね、Qvhfh・Xsirhg様。いえ、ジュネス・ガリオン様とお呼びした方がよろしいかしら?』
黒衣の女性は、Nzib・Nztwzovmvと呼ばれる悪魔だった。彼女は不敵に微笑み、すらりと大地に立っている。
「好きに呼べよ。どうせ短ぇ付き合いになんだ」
『あら、つれませんね』
クスクスと笑いながらも、Nzib・Nztwzovmvの瞳はまったく笑っていなかった。
そんな彼女の前に、イーヴェラさんが進み出る。
「さて、やっとあたしの出番ね。暇すぎて死ぬかと思ったわよ」
伸びをしながら歩む姿は、しかし、隙が一切無かった。小さな笑みを浮かべながら、Nzib・Nztwzovmvを見つめる。
一方で、Nzib・Nztwzovmvは鋭い目つきを人の子へ向ける。
『Qvhfh・Xsirhg様がお相手いただけるかと思っておりましたが、貴女のような小娘が相手とは…… わたくしもなめられたものです』
「なめてるのはあんたでしょ? 余裕ぶってると痛い目見るわよ?」
ぼっ。
イーヴェラさんの周りに紅蓮の炎が生じた。十数個の焔がゆらゆらと漂っている。
「Levidsvon Zoo, Uoznv Mvnvhrh!」
すぅ。
彼女の力強い言葉に伴って、周りを回っていた炎が消え去った。そして――
どぉおんっ!
Nzib・Nztwzovmvを焔が突然包んだ。
『ぐっ』
小さく呻くNzib・Nztwzovmv。
「今のうちに行きなさい、二人とも」
イーヴェラさんがそう言いつつ、腕を動かす。すると、それによりNzib・Nztwzovmvを包む炎が動いた。Nzib・Nztwzovmvを王城へと続く道から退ける。この魔法は、炎で包んだ相手を操ることが出来るらしい。
「手加減してやれよ、ババア」
ジュネスはあっさりとそう言って駆け出す。荘厳な門扉を乱暴に開け放ち、中庭を駆け抜けて行く。イーヴェラさんの実力を信用している証左だろう。
私も後に続く。扉を潜って――
ぱあんッ!
大きな音に軽く振り返ると、Nzib・Nztwzovmvが炎を吹き飛ばしていた。
『あ、相変わらず容赦がございませんね。Nzib・Xsirhgお姉様。お久しぶりでございます。Qvhfh・Xsirhg様を召びだしました、あの時以来でしょうか?』
「Nzib・Xsirhgの意識はあたしの一部に過ぎない。あたしのことはヴェラちゃんと呼びなさい、マリア。ま、ジュネスが居る時に知らんぷりしてくれた心遣いには、感謝ぐらいしてあげるわ」
……? 彼女たちは顔見知りなのか?
いや、今はそれどころではない。急いでジュネスを追おう。