悪魔 wvnlm 06

 がんッッ!!
 王城を右往左往して、ようよう謁見の間まで至り、ジュネスが大きな扉を蹴り開けた。そこは存外広い空間で、視線の先に立派な玉座が配置されてあった。座しているのは『ミライア』である。服装は復活当時のままで、真っ白なワンピースにその身を包んでいた。
『ようこそ、Qvhfh・Xsirhg。いつまで人のふりを続けるのかね?』
 不適な笑みの『ミライア』は唐突にそのようなことを口にした。
「ジュネスはQvhfh・Xsirhgではない! 彼は人だ!」
『愚かな。悪魔の魂が入り込んでいる時点で、人などという脆弱な生き物を凌駕した存在だろう? だからこそ、『ジュネス・ガリオン』は英雄たり得るのではないのかね?』
 ぐっ。確かに、ジュネスの強大な魔力はQvhfh・Xsirhgの力に依るところが大きいという。『ミライア』の言葉は一笑に付せない理がある。
 けれど――
「彼は心が人のそれだ! 目つきが悪くとも、言葉が汚くとも、人を想う優しさが彼にはある! 悪魔の魂など関係ない! ジュネスは、人だ!」
 叫ぶと、私の隣に居たジュネスが乱暴にこちらを蹴った。
「いたっ。き、君はこんな時でも相変わらずだな!」
「けっ。耳元でうるせえからだ」
 悪態も変わらず、だ。私の友人は本当にぶれない。
『なるほど、人の心とはまこと美しい。麗しい友情よなぁ』
 忍び笑いをこぼして、『ミライア』は言った。その忍び笑いは、ようよう高い哄笑へと変わる。
『Qvhfh・Xsirhgは強力な悪魔だった。傘下に加えればより効率的にこの世界を支配できると思ったが、もはや悪魔としての誇りも無いと見える! 下らぬ! 下らぬなぁ、『ジュネス』よ!』
「へっ。てめえもうるせえな、『ミライア』。親父さんが草葉の陰で泣いてるぜ」
『ふん。貴様と違い、『ミライア』は消え去る寸前。風前の灯火よ。すぐに父親とも会えるのではないか? ふふ、我は優しかろう? これでは我も『人』のようだな!』
 冗談ではない。彼のような人でなしに人らしさなど皆無である。
『さて、話に興じるのも終いにするか。貴様がQvhfh・Xsirhgではなく『ジュネス』なのであれば、あとは――』
 ゾワっ!
 総毛立つプレッシャーを受けて、私は立ち竦んだ。『ミライア』の放つ空気が変わる。
『滅ぼすだけだ』

「R Dzmg Tlw'h Sznnvi…… Ortsgvmrmt!」
 雷撃が瞬時に『ミライア』を貫いて、そのまま王城の壁を突き破る。石壁が崩れて瓦礫が外と内に転がった。
 どぉん!
 特に外へと落ちた瓦礫は大地に勢いよく落ちたよう。下に誰もいなければいいが……
『ふむ。威力はさすがだな』
 電撃が身を覆うなか、『ミライア』が呟いた。その表情は余裕に溢れており、ジュネスの魔法が然程効いていないのは明白だった。
「ちぃ! なら…… Xlnv Rm Hsrmv Yvzhg. Blf Ziv Tivzg Zmw Hgilmt」
 光がジュネスに集っていく。光は、たてがみの美しい一匹の獣と成っていく。
「Ifrmvw Nb Vmvnb, Hzrmg Uzmt!」
 力強い言葉を受けて、獣が駆け出す。かの者の大きな口が開かれて、鋭い光の牙が悪魔を襲った。
 その対象である『ミライア』は跳び退り、一撃をかわそうとする。
 しかし、獣は彼に追いすがって部屋を縦横無尽に駆け回った。光の獣は壁や床には影響を及ぼさず、確実に悪魔だけを追いかける。
『ふん。鬱陶しい』
 ぶんッ!
 腕を振るって、獣を吹き飛ばす『ミライア』。光の獣はそれであっさりと姿を崩した。
 その直後、ジュネスが床を蹴って『ミライア』に迫る。何か古代語を呟いたあと腰の大剣を抜き放って、鋭い一閃を悪魔に浴びせた。
 キィン!
 大剣は、突如変わり果てた『ミライア』の黒き腕により弾かれる。そして悪魔は、黒き翼を背に表出させて飛び上がり、ジュネスから遠ざかった。
「どうした? さっきみたいに受けてくれねえのか?」
 ジュネスが挑発するように言った。
 確かにそうだ。さきほど『ミライア』はジュネスの魔法を防ぐでも無くただ受けた。しかし今回は、あちらこちらへと逃げ惑い、逃げおおせぬとわかるや、防いだ。
 つまり、ジュネスの攻撃はその練度によって、『ミライア』に通じ得るのだ。
『Qvhfh・Xsirhgの力を引き出した攻撃は、さすがの我も耐えきれんものでな。とはいっても、今の攻撃では子竜に噛まれた程度の痛みしか感じんだろうがね』
 子竜に噛まれる、というのは私からすると結構なダメージに聞こえるのだが、何しろ悪魔だ。ここは子犬に噛まれた程度の痛み、と脳内変換しておくのが無難だろう。
「そうかよっ」
 言葉を吐き出すと、ジュネスは一気に『ミライア』との間を詰める。悪魔が繰り出した爪の一撃をかいくぐり、魔の者の懐にて大剣を器用に振るった。
 悪魔は辛うじてその一撃を避けるが、続く二撃、三撃によって浅い傷を受ける。堪らずに彼は飛んだ。
「Tlw Kozb Z Hzrmg Hlmt, Slob Izrm!!」
 飛び立った『ミライア』が漂う部屋の天井に光が集い、ようよう降り来る。
 光は私やジュネスを傷つけるととはないが、『ミライア』に苦痛を与えたよう。彼は低いうなり声を上げて床に堕ち、膝を突く。
 い、いける!
「はぁ…… はぁ……」
 ん? 押しているはずのジュネスが苦しそうに息をしている。
「お、おい、ジュネス! どうした?」
『っくぅ……! 一層威力が上がったな。Qvhfh・Xsirhgの魔力を大きく引き出しているらしいな』
 と、『ミライア』の言葉。
 Qvhfh・Xsirhgの力を使っている?
 ――Qvhfh・Xsirhgの全魔力をジュネスが利用しようとすれば、Qvhfh・Xsirhgに支配されてしまう可能性がある
 イーヴェラさんが言っていたことを思い出した。
 とすると、今ジュネスが肩で息をしているのは――
「……………すぅ。Gsv Ortsg Hsrmvgs Rm Gsv Wzipmvhh, Zmw Gsv Wzipmvhh Zkkivsvmwvw Rg Mlg」
 苦しそうな顔でジュネスが呪を紡ぐ。彼の体は薄く発光しており、これまでにない力を感じる。空気が振動していて、魔力に聡くない私の肌までもぴりぴりと痛い。
 そこで、『ミライア』が不気味に笑んだ。
 ぞわッ。
「や、やめろ! ジュネス!」
「Hzrmg Qlsm!!」
 嫌な予感を覚えて私が叫んだのと、ジュネスが魔法を完成させたのは同時だった。
 光が部屋に満ち、『ミライア』へと集う。
 そして――

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