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彼女の声には魔力が宿ると、そう囁かれていた。その歌声が皆を魅了したという、ただそれだけの理由で。
そして、本日は彼女を救済する日である。
「まだ若いのに……」
「可哀想に……」
野次馬の間で遠慮がちに同情の声が漏れる。しかし、実際に彼女を救おうとする者はいない。
そのようなことをすれば、次は自分が魔女として裁かれてしまう。そんな恐怖に誰も打ち勝てなかった。
「火をつけよ」
そしていよいよ、救済の炎が放たれ――
「待ってくれ!」
その時、ひとりの青年が叫んだ。恐怖に震えながらも、叫んだ。
「彼女は綺麗な歌で俺たちを救ってくれた。あんたらが掲げる形だけの救いじゃない。心からの平穏をくれたんだ。だから――」
「魔女だ! その男も悪魔に魅入られているぞ! 捕えよ!」
神官長の声が響くと、神官達が棍を手にして青年に駆け寄る。
青年も逃げようとするが、神官の数が多く追い詰められる。
そして――
「その方からは魔力を感じませんが?」
突然の声に、皆の視線が動いた。壇上で縛られている女性へと。
女性は呆けている神官長に瞳を向け、そして納得したように小さく頷いた。
「なるほど。これは魔女裁判という名の私刑なのですね。おとなしく捕まって損をしました」
にこりと笑い、女性は小さく呟く。
『緩まりなさい』
「なっ!」
方々で驚愕の声が漏れる。女性を縛っていた縄が、自分の意思を持ったかのように自然と緩まったからだ。
「ふぅ。窮屈でした」
「おおお女ぁ! どどどぉうやった!?」
神官長が動揺と共に尋ねると、女性は何気無い仕草で壇上から降りる。誰も止める者はいない。
「どうもこうも、私は魔女ですから。魔法を使っただけです」
再び微笑み、女性が答えた。
「ま、ま、魔女だぁ! 本物の、本物のおっ! こここ殺せ! 殺せぇ!」
がちゃがちゃ。
鎧兜を身にまとった者達が女性を囲む。
しかし、女性は軽く微笑んだまま悠然と立っている。
「魔歌で皆様を魅了したのは事実ですから罰を受けようかとも思いましたけど、くだらない私刑を目的とした言いがかりなのであれば……容赦などしませんよ?」
そこで女性は微笑んだ。強く、美しく、微笑んだ。
鎧兜の者達は鬼気迫る表情を携え、そんな女性へと向かう。そして――
『滅びなさい』
すっ。
女性の一言にともない、鎧兜は全て消え去った。
「ば……けもの……!」
神官長が呟いた。
そちらを一瞥し、女性が小さく笑った。
「あら。化け物だなんて。この『言霊の魔女』、魔女達の間ではおとなしいと評判なのですが」
「言霊の……魔女……?」
恐怖で歪んだ神官長の表情。彼の表情を、魔女はやはり微笑みながら見つめる。
そんな彼女の様子に、神官長は絶望を感じ、失禁した。
「た……たすけ――」
『燃えなさい』
その後、女性は観衆に対して、相変わらずの微笑みと共に会釈した。そして青年に対して、助けようとしてくれた礼だけ述べ、ゆっくりとした足取りで去っていった。
あとには、呆然とする観衆と、風で流れていく灰だけが残った。