自首

 月明かりだけが照らす廃工場には濃い血の匂いが充満している。
 血で真っ赤に染まったノコギリを握り締めた男の目の前には五体バラバラ、どころか原型など見受けられないほどにバラバラにされた肉塊があった。
「これで犬の餌にでもすりゃあ完全犯罪だな……」
 男は人を殺した。
 理由は金だった。殺した相手に不倫の現場を押さえられ金を脅し取られていたのだ。
 そういう意味ではこの男も被害者ではあるのだが、殺してしまった以上男は法的制裁を受けなければならない。
 今ある地位も名誉も失いたくない男は、死体自体を無くしてしまおうと考えたのだ。
 骨までトンカチで粉々にしているくらいだから上手くいきそうではあるが……
「おぉ、こいつは頑張りましたねぇ。ですが自首をお勧めしますよ。でないと、あなたはきっと死ぬまでその罪に苦しみ続けることになりましょう」
「!」
 背中から聞こえた声に男は急いで振り向く。
 入り口のところには三十歳前後の男性が立っていた。
「何だよ! あんた!」
 男は半狂乱になって叫ぶ。
 この様な現場を見られたのでは無理もない。
「通りすがりの一般人ですよ。ほらここに私の携帯があります。これで警察に電話して自首しなさい」
 男性は抑揚のない声ですらすらと喋り、ジーンズの右のポケットから携帯電話を取り出して男の方に差し出した。
 使われなくなった工場を通りすがるとはかなりの変わり者なようだ。
 男は男性の言葉を受けると、ある覚悟を決めて男性に近寄る。
 左手を彼の携帯に伸ばし――
 ガンッ!!
 男は右手に握り締めていたトンカチで思い切り男性の左側頭部を殴打した。
 男性が倒れこむ。
 男は更に、男性の頭にトンカチを叩きつけ続ける。
 十数回思い切り叩いた後、ようやく手を止める男。
 男性もこれでは生きてはいないだろう。
「わ、悪いな…… 俺は捕まる気はないんだ……」
 そう呟いてからノコギリに手を伸ばす男。
 そして、今度は男性の体をどんどん解体していく。
 腕を切り、足を切り、頭を切り、取り敢えず五体バラバラにしてから一息ついて少し離れた場所に座り込む。
 袖をまくって腕時計を見ると既に深夜零時を回っていた。
「時間……かかっちまったな……」
「ははは、すいません。私を解体する時間が余計にかかってしまいましたものねぇ」
「なっ!!」
 それこそ死ぬほど驚いて声のした方に目を向けるとそこには、先ほど殺して解体している最中だった男性が立っていた。
 殺す前と何ら変わらない姿で……
「ななななっ! お、お、おまっ!」
「ああ、ご心配なく。もう自首を勧めたりはしませんよ。勿論通報もしません。私もそう何度も殺されるのは嫌ですからねぇ」
 恐怖と動揺でまともに発音もできない男に対して、死んだはずの男性は軽く笑みすら浮かべてやはり抑揚のない声を出す。
「それでは私はこれで失礼しますよ。お騒がせして申し訳ありませんでした」
 そう言ってからしっかりと礼をして入り口を出て行く男性。
 それを呆然と見送った男の口からしばらくしてある言葉が漏れ出た。
「……自首しよ」

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