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魔法学授業風景

 ラディアム=ブックマンは移動の最中に肩をたたかれた。訝しんで振り返ると、そこには見慣れたいとこの顔があった。
「ラディ。お前も次、魔法学か?」
「あ、ラド。うん。ラドもだっけ?」
「ああ。まったく、憂鬱な時間だよ」
 嘆息するいとこ、ラドクリフ=ブックマンを瞳に映し、ラディアムは苦笑する。
 魔法学の授業は何度かに1度だけ、校庭にて実地訓練を行う。机上にて学んだ事柄を、ひらけた場所で実践するのである。
 しかし、皆が皆そうではない。
「ふふ。ラドは魔力がないもんね。ご愁傷様」
「アルマ。君も魔法学? みんな一緒だなんて珍しいね」
 タタタと駆けてきて2人の横に追いついた少女――アルマリータ=ブックマンを瞳に入れ、ラディアムが嬉しそうに微笑んだ。
 一方で、ラドクリフはつまらなそうに息をつき、やれやれと肩をすくめた。
「魔力のあるラディとアルマはいいよな。退屈しなくてさ。俺ら劣等民は校庭の隅で、役にも立たない呪文を復唱しつつ腕立て伏せだぞ? 試験があるから仕方がないとはいえ、何で役に立たない呪文を覚えなくちゃいけないんだ。ったく」
 自然の力を借りる力である魔法を使うためには、大前提がある。それが、魔力があることだ。
 魔力は生来のものであり、魔力の無い者や弱いものは一生魔法を使えない。
 その一方で、魔力の強い者は重宝され、宮廷や有力貴族に仕える機会に恵まれる。
「さあ! みんな、集まって!」
 魔法学教授、アルフォード=ヴァン=クロウスが言った。
 そこここでお喋りをしていた生徒たちは、ぱらぱらと集まりだす。
 ラディたちも揃ってそちらへ向かった。
「今日は少しだけ難しい魔法の実践をする。みんなも承知の通り、魔法の発動には正しい詠唱と正しい発音が不可欠だ。そんな中、非常に長い呪文も少なくはない。今回はそのうちの1つを実際に使ってもらう」
 えー、と不満の声が上がる。
 最近の授業で習ったもののうちに、早口で唱えても小1時間ほどを要する呪文があった。まさかそれではあるまいか。
 皆がそのように危惧した。そして――
「ははは。どうやら察しはついているようだな。授業は1時間。呪文を完成させるのも1時間。チャンスは1度きりだ。頑張るように。ああ、そうそう。魔法の発動は空へ向けて行うこと。危ないからね。では、はじめ!」

 ラディアムは持ってきていた教科書とノートをぱらぱらとめくった。教科書の記述は見づらく、ノートに書いている補足を見ないことには正しい詠唱と発音は難しい。
「じゃ。頑張ってくれ。ラディ、アルマ。俺はあっちで体力づくりに励むよ」
 軽く手をあげ、ラドクリフは離れていく。いつも一緒に腕立て伏せをしているグループに入り込んでいった。
「さて。あたしもちょっと離れるわね。一緒にいたんじゃ呪文に集中できないし」
「うん。またあとでね」
「ええ、お互い頑張りましょ」
 アルマリータも校庭の真ん中へと歩みを進めた。みんなから適度に離れた位置に落ち着くと、彼女はゆっくりと瞳を閉じ、朗々と呪を紡ぎ始める。
 一方で、ラディアムは教科書とノートを並べて持ち、四苦八苦しながら詠唱を開始した。

「――カティ・ラ・アステア・パウラ!」
 授業も終わりに近づいた頃、方々で呪文の最後を吐き捨てる声が響いた。
 それら声に伴って魔法が発動することは、まずない。大抵は何事もなく時がすぎ、詠唱者自身が照れ隠しで笑い出すのが常だ。
 そんな中、勢いよく花々が空を彩った。七色の花弁が空を鮮やかに飾る。
 色とりどりの生花を大量に生み出す魔法。それを成功させたのは――
「ほぉ。見事だ、アルマリータ=ブックマン。君は剣術の授業でも活躍しているというし、魔法剣専攻の道を志すのもよいかもしれないな」
「ありがとうございます、先生。進路の1つとして考えておきます」
 無難にそう応え、アルマリータは得意がるでもなく腕を2,3度ふる。それに伴い、あたりを舞っていた花弁は消え去った。そして、彼女はラディアムの方を向いた。
 ラディアムはちょうど詠唱を終えたところで、力弱い言葉を口にするなり、空に向けて右腕を掲げた。
 他の生徒の例に漏れず、沈黙が彼の周りを支配する。ラディアムの魔法は失敗に終わった。
 ラディアムは周囲をキョトキョトと見回し、誰も自分に注意を向けていないか確認している。そうして、アルマリータが自分のことを見ていることに気付くと、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「まったく。ラディったら……」
 苦笑し、アルマリータは肩をすくめた。

 はぁはぁはぁ。
 授業開始からようやく1時間。終わりが見えてきたな、とラドクリフは嘆息する。
 腕立て伏せはいまや300回近くになるだろう。
 他の生徒たちはとっくの昔にギブアップし、試験用に呪文を覚えるか、こっそりと無駄話に花を咲かせるかしている。
「おい、ラド。もうよくね?」
「ふっ。ふっ。……アルマには負けてられないからな。ふっ。ふっ」
 休み休み、腕だけでの上下運動を続ける級友を瞳に映し、とある生徒は苦笑とため息をこぼしたのだった。