第3章 School Wars
戦いの終焉に

 レスティアとハイドロウ学院代表達の試合は一方的なものになっていた。統制眼(コントロール・アイズ)の支配を逃れても、アルマリータとラドクリフには多数の傷が残ってしまっている。レスティアに受けたもの然り。自身で付けた傷然り。特に、統制眼から逃れるために負った傷が深かった。その痛みで支配から逃れているとはいえ、自由を得るために負った不自由は大きな代償であった。
 ラドクリフが大剣を構えてレスティアへ向かった。しかし、近づくことはできなかった。
 それというのも、レスティアが直ぐに短縮詠唱を口にして、風を生み出し、暴風がラドクリフの動きを封じたのだ。更には、ラドクリフの身体は木の葉のように容易く吹き飛ばされた。
 風に乗って、ラドクリフの身体はアルマリータへとぶつかった。アルマリータの足は深く傷ついており、ぶつかってきたラドクリフの体重に耐えられなかった。そのまま、彼らは重なって大地に倒れた。
「っつぅ。ラド! 炎みたいに風も斬れば!」
「無茶言うな!」
 未だに軽口を叩く余裕はあるようであったが、それも時間の問題だった。彼らの顔には疲労の色が濃く、立っているのもやっとという様子だった。
「統制眼から逃れられたというだけで、あとは大したことが無いわね」
 レスティアが残念そうに零した。
「むかつく女ね。性悪女並にむかつく」
 アルマリータの言う性悪女とは、彼らの従姉妹であるラケシス=ブックマンのことだった。
「ラケシス様のおかげで統制眼を撥ねつけられたとこもあるんだ。感謝してもいい気はするんだが……」
「むかつくことに変わりは無いでしょ。特にラディを本家に連れてった件とか――っと、そんなことよりも」
 ラドクリフとアルマリータは声を潜めて寸の間、無駄話に花を咲かせていたが、一瞬、アルマリータが言葉を切ってラディアムを見た。
 ラディアムは仰向けに倒れ、晴天を見上げて放心していた。
「ラド。聞いて。これは――団体戦よ」
 端的な言葉だったが、ラドクリフはアルマリータの視線を追い、瞬時に意図を理解した。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ため息をついた。
「本意じゃないが、俺らが倒れるとラディが危険だからな……」
「あの女とは今度1対1で再戦すればいいわ。クレ学でしょ。校門前で待ち伏せて襲いかかる!」
「それはやめろ」
 再び軽口をたたき合い、彼らはそれぞれの目的のために動き始めた。
 アルマリータはラディアムの元へと向かった。彼を助け起こして闘いの場から離れつつ、何かを囁きかけている。
 ラドクリフは懲りずにレスティアへと向かった。しかし、此度は先頃までと違い、動きに鋭さがあった。次を最後の攻撃と決めてしまえば、後先を考えずに全ての力を出せると腹をくくったのだった。
 目の前まで迫ったラドクリフへと向け、レスティアは再度風の魔法を放った。
 しかし、ラドクリフはそれを大きく跳んで避けた。彼の足はレスティアの頭上を越えていた。そのまま重力に逆らわず自由落下を始め、大剣を振り下ろした。
 レスティアは横に跳んでその一撃を避けたが、体勢が崩れてしまった。
 続けざまに、ラドクリフが大剣を横に薙いだ。
「っち」
 舌打ちをして、レスティアは大地を転がった。そうして逃れたあと、炎の矢を放ち、水の弾丸を撃ち、雷の雨を降らせた。
 ラドクリフは炎と水を大剣で吹き飛ばし、雷はそのまま全身で受けた。
 レスティアが訝しげに眉を潜める
「……1発も2発も変わらないさ……」
 微かに聞こえたラドクリフの言葉に、レスティアはますます混乱した。
 その時、一帯を魔力が覆い、魔法の発動する気配が漂った。その中心はアルマリータだった。彼女は傷ついた足で闘いの場へと駆け寄り、最後の力を振り絞ってとある魔法を発動させようとしていた。その魔法の気配は並々ならぬ広範囲へと及び、今から回避行動に移ることは到底不可能であった。
「――っ! そういうこと、ね……」
 乾いた呟きを漏らしたレスティアの身体を、生じた無数の雷が貫いた。
 のみならず、雷はラドクリフを、そして、魔法を放った本人であるアルマリータをも貫いた。レスティアを中心とした広範囲を雷の雨が覆い尽くしていた。雷は数秒、ひょっとすれば数分の間、一帯を覆い、ようやく晴れた。
 そして、その範囲の外に、ラディアムが満身創痍で立っていた。
(……何もしてないのに僕だけが立っていていいのかな)
 疲労困憊の中、ラディアムは呆然とそんなことを考えていた。
 レスティアが傷ついたことで統制眼の力が消え去ったのだろう。兵士の身体に自由が戻った。彼は軽く腕を回して身体の調子を確かめ、それから試合の終了を告げようと息を吸った。
 その時――
「ま、まらよっ!」
 レスティアが震える足で何とか立ち上がった。瞳の焦点は合っておらず、呂律も回っていなかった。短縮詠唱を正しく口にすることはできなくなっていた。それでも、彼女は執念で試合を続けようとした。脇に転がるラドクリフの大剣を引きずって、ラディアムへと向かった。
 ラディアムは怯えた表情を浮かべて後退った。
 レスティアの歩みはゆっくりとしたものだったが、肉体的疲労と心的圧迫で満足に動けない少年のそれよりはしっかりとしていた。彼らの距離は段々と詰まっていった。
 ラディアムとレスティアの間がいよいよ狭まり、大剣の一振りが届くかという時――
「……と、トネール・カルラ!」
 再び雷が空間を走り抜け、レスティアの胸を突いた。彼女は声を漏らすことすらなく、がくりと倒れた。
「……う、上手く出来た……」
 信じられないといった風に自分の手を見つめた少年は、喜ぶよりも寧ろ戸惑った様子で呟いた。
 しばし、沈黙が闘技場を満たしたが、直ぐにざわつき始めた。
「ハイドロウ学院の勝利!」
 伴って、兵士がようやく閉幕を宣言した。

 翌日は大広場での青空市場が、祭りの名残のように、どこかもの寂しげな喧噪をマグナカルタ市街に響かせていた。皆、昼過ぎまでその市場を冷やかし、その後は店舗が撤去され始めた。ようよう全ての店舗が片づけられると、続けて、貴賓席の設営が始められた。学園対抗戦の表彰と、王国祭の閉幕をハイドロウ3世陛下が宣言する儀の準備であった。
 ラディアム達は馬車で大広場の入り口に乗り付けた。3名とも傷だらけで全身を包帯が覆っていた。
「ラディ、大丈夫?」
「痛くないか?」
 アルマリータとラドクリフが、ラディアムに尋ねた。しかし、彼らの方が明らかに重傷だった。
「他人の心配をしている場合ではありませんよ、アルマリータ」
「ラドもな」
 それぞれ、姉であるシエスタと、兄であるラスターが、嘆息と共に妹弟を支えていた。
 アルマリータもラドクリフも歩くだけで激痛が走る程に負傷していた。馬車への乗り降りですら、シエスタやラスターの補助を必要としていた。
「このくらい大丈夫だよ、姉様。過保護なんだから」
「ラス兄もシエスタさんも、表彰の時にはついてこなくていいからな。恥ずかしいし」
 近親者ゆえの遠慮のなさで、年少者2名が言った。
 年長者達は再び息をつき、少し寂しそうに肩を竦めた。
「……始まりそうだな。ラディ、アルマリータ、ラドクリフ。そろそろ向かいなさい」
 アルヴェルトが大広場に瞳を向けて促した。
 設営は既に済み、見物客の入場も開始している。対抗戦の参加者達も貴賓席の前に集まり始めている。
「う、うん。兄さん」
「ラド。どっちが早く着くか競争よ」
「ああ。望むところだ」
 無茶なことを言っている従姉妹達を横目に、ラディアムは馬車から降りて息を呑んだ。全身に激痛が走った。昨日の傷は1日で治るようなものでは、当然なかった。
(やっぱり、アルマもラドも凄いなぁ)
 主に決勝でしか戦っていないラディアムとは違い、アルマリータもラドクリフも3日間、戦い通しであり、毎日少なからず負傷していた。現在も、日常生活が困難な程に傷ついている筈だった。しかし、いつも通りに振る舞っている。
 相も変わらず、彼と従姉妹達の能力差は隔絶していた。
 3名とも自分の足でゆっくりと歩み、学園対抗戦の参加者が集う場へと向かった。
「ランドル! 3人とも、怪我だいじょぶ?」
 途中でリリカが声をかけた。
 ラディアム達は昨日の決勝のあとは満身創痍で、直ぐにブックマン家へと戻っていた。そのため、彼女とは昨日の昼以来の再会となる。
「あ。リリカ。う、うん。何とか、ギリギリ、なるべく、大丈夫」
「大丈夫じゃなさそうだね」
 ラディアムの様子に、リリカは苦笑した。アルマリータとラドクリフもまた、受け答えはしっかりとしているが、よく観察すると、足や腕をかばっていた。
「まあ、あれだけ激しくやられちゃったらそうだよね。でも、あの状況から勝っちゃうなんて、皆、やっぱり強いんだね。おめでと」
 ニコニコと元気に笑いかけつつ、リリカが3名へと祝いの言葉を述べた。
 その言葉をラディアムは他人事として聞いていた。彼としては、勝利はアルマリータとラドクリフのものだった。最後の最後に短縮詠唱を成功させただけで目立った活躍をしていない自分が、勝利者として祝われるのはおかしいと考えていた。かといって、2人に嫉妬しているかというとそうではなく、従姉妹たちが褒められるのは素直に嬉しかった。
 そのため、ラディアムは照れたように笑って、少し自慢げに胸を張った。
「2人共強かったでしょ?」
「? まあそうだけど、ランドルもでしょ?」
「……え?」
 予想外の感想が友の口から飛び出たことで、ラディアムは首を傾げて固まってしまった。
「あっと、ごめんね、引き留めて。また今度、試合の話とか教えてね」
 リリカが手を振りながら去っていった。
 あとには、呆然とするラディアムと、含み笑いをかみ殺すアルマリータ、ラドクリフが残った。
「ま。ラディらしいよ」
「そうね」
「え? え?」
 なおも戸惑った様子の少年を促し、彼らは先を急いだ。あまりゆっくりしていると国王陛下を待たせる事態に陥りかねない。
 しばらくすると、貴賓席のティアーガンやラケシスに加え、その近辺に集っている対抗戦参加者達が見えてきた。
「お。王子様が来たぞ、ショタコン」
「だ、だから! その呼び方は止めてくれないかな、エドガーくん!」
 まず、ゴードン学園のエドガーとミリーがラディアム達の姿に気がついた。彼らの傍ではガンツが苦笑していた。
 ついで、マグナカルタ女学院のアリアが忙しく周囲を探った。
「ど、どうかされたのですか? 会長」
 ボタンが尋ねた。
「いえ。何でもございませんわ」
 アリアはふわりと微笑んでから、アルマリータに詰め寄って囁いた。
「アルマリータ。シエスタ先輩はどちらですの?」
「来ていないわよ」
 にべもない答えに、アリアががっくりと肩を落とした。
「ら、ラドクリフくん! 怪我は大丈夫なのかな? かな?」
「はい。お陰様でこうして何とか外出するくらいは。ご心配ありがとうございます。ミリーさん」
 ラドクリフが年上女性への礼儀を怠らず、丁寧に返答した。
 対するミリーは、頬を上気させて俯き、嬉しそうにえへへと微笑んだ。
「怪我はどう? ラディアム=ブックマン」
 唐突に尋ねる者がいた。
 ラディアムが振り返ると、そこには今やって来たばかりのレスティア=ルナティックがいた。彼女もまた全身が包帯で覆われており、痛々しい見た目をしていた。
 アルマリータとラドクリフが身構える。
 レスティアは鬱陶しそうに手を振った。
「別に襲わないわよ。試合という大義名分もないのに」
「大義名分があれば襲うってことよね、それ」
 アルマリータの問いに、レスティアは小さく肩を竦めるのみで、明確な答えは返さなかった。
 そして、ラディアムの栗色の髪の毛をゆっくりと撫でた。
「次はわたくしが勝つわ」
 そうとだけ宣言し、彼女は少し離れたところで、独り腕を組んで佇んだ。
 皆、一様に戸惑った様子で顔を見合わせた。
 追いすがって文句を言うのも質問をするのも憚られる、他人との接触を拒否する空気を、レスティアは出していた。
「すみません。お嬢様は少しばかり自分勝手というか、空気を読む気がないというか、そもそも人付き合いをする気が皆無というか」
「とにかく、ソレイユ家とブックマン家が大嫌いなのだ。君たち個人を悪んでいるわけではない故、多めに見ていただけると助かる」
 彼女の後ろに控えていた少年2人が、順に言い訳めいたことを口にした。いずれも、クレセント学園の代表だった者たちだ。改めて見るとそっくりな容貌をしており、恐らくは双子であろう。
「ルナティック家ということは、ルーン家の末裔…… それで……」
「おやおや。ラディアム様は聡いですね。まあそういった事情でして、ぼくなどはそんな大昔のことを今さら、などと思う口なのですが、お嬢様は執念深くいらっしゃるのでして。はい。あれではストーカーになること請け合いでございます。お気を付けになってください、ラディアム様。お嬢様はたいそう貴方をお気に召されたご様子。登下校で気配を感じられたなら、警邏隊へ駆け込むのが得策と――」
 その長広舌は、レスティアのひと睨みで終わりを告げた。彼女の瞳は紅に染まっており、統制眼が発動したことが窺えた。
「邪魔をした」
 少年の一方が言葉少なに踵を返し、片割れを伴ってレスティアの隣へと向かった。
 しばしの沈黙が続いたのち、いよいよ表彰の儀が開始された。

「ハイドロウ学院代表3名。前へ」
 兵士の号令を受けて、ラディアム達は痛みを押して数歩前に出る。
 ハイドロウ3世国王陛下の手によって、ラドクリフに記念の楯が、ラディアムの手に賞品の書物が手渡された。跪く際、双方共に激しい痛みを感じたが、ラドクリフは全く表情に出さず、一方で、ラディアムは小さく呻いてしまった。
 怪我の具合を思えば仕方がないだろうと苦笑する者もいれば、陛下の御前で何と無礼なと眉を潜める者もいた。いずれの反応も、ラディアムにとっては、胃に痛みを覚えるものだった。この場を投げ出して帰りたい気持ちが心に満ちる中、彼は手にした書物を何とはなしに見おろしていた。
(トゥーダ村で手にしたのと似た感じはする、かも? やっぱり魔書なのかな?)
 断定はできずとも、賞品の書物は魔書のような気配があった。しかし、彼に判断できるのはそこまでだった。入手までは何とかできたのだ。あとは本家の他の者たちに任せればよい。そう考えて安堵の息をついた。
 しかし、その時、唐突に黒い影の群れがその場に顕れた。
「アルマ!」
「ル・トネール・グランドゥ!」
 ラドクリフの呼びかけを受け、アルマリータが雷を放った。雷は真っ直ぐと黒い影の1つへ向かい、直撃した。影がゆっくりと倒れ伏した。
「な、なんでオークが……」
「近衛兵は陛下をお守りしろ! 他の者は皆の避難を!」
 怒号が飛び交い、数十匹のオークの合間を縫って、人々が逃げ惑う。しかし、ただでさえ人が集っていた場にオークが数十匹も顕れたのだ。自由に動き回れる筈がなかった。
「な、なんなのかな? かな!」
「言ってる場合じゃねえだろ!」
「倒すぞ!」
 ゴードン学園の代表たちが武器を構えて1匹を引き受ける。
「マール! ボタン! 貴女達は2人で1匹を!」
 アリアは2人にそう指示を出して、1人で1匹を相手取り始めた。
 レスティアもまた1匹を相手に炎を操っている。
 各校の代表達が苦戦しながらも1匹1匹を確実に倒した。
 しかし、如何せん数が多すぎた。
「……この本……?」
 オークが発生する時、魔書と思しき本が一瞬輝いたように、ラディアムには見えた。
「ラディ! ぼーっとしないの!」
 アルマリータの叱咤を受けて、ラディアムは痛む身体を押して避難を開始した。彼の戦闘力ではオークに対抗し得ない。選択肢は1つだけだった。
 兵士や生徒たちの尽力によりオークの十数匹が事切れた。しかし、焼け石に水だった。
「数が多すぎる!」
 ラドクリフが歯がみしてそう零した時、一陣の風がその場を吹き抜けた。風の通り道にいたオークがまとめて数匹、大きな物音を立てて大地に伏した。
 いつの間にか、ラスター=ブックマンが大剣を構えて立っていた。
「弱音なんか吐くな、ラド。この程度、オレらには造作もねえ!」
 叫び、彼は再び風になった。目にもとまらぬ速さで戦場を駆け抜け、すれ違いざまに、オークの腹を、足を、腕を、首を、胸を、深く傷つけた。幾匹かはそれで命を落とし、幾匹かはまともに戦えない程に負傷した。命の灯火が消えていない数匹は、兵士達が止めをさした。そうして、一気に十匹がこの世を去った。
 心強い増援に、その場にいた勇士達は皆士気を上げた。それでも相変わらず十数匹が残っていた。
 しかし――
「アンフ!!」
 たったの1語。それで、全てが終わった。
 シエスタ=ブックマンの魔法だった。彼女は普段から魔法を封じ込めた品を身につけていた。その魔法は全て、解呪魔法を口にするだけで発動されるようになっていた。
 先程の解呪魔法に伴い、炎や氷、風に雷、あらゆる事象が生じ、方々で暴れていたオークを襲った。
 1人の意思により生じた現象達は、彼女の敵の全てに死を与えたのだ。
「姉様!」
「シエスタ先輩!」
 声をかけられると女性は、静かに微笑み、深く一礼した。
 それはさながら、舞台の引きのようであった。

「魔物を生む魔書――か? しかし、インサイド、エリシット、ゲートのいずれでも同じ現象にはなり得る……」
「はい。詳細な調査が急務ですね」
 皆が勝利に沸く中、ティアーガンとラケシスは険しい表情で小さく呟いた。

 その日の夕刻。マグナカルタ市街のいち店舗に学生達が集っていた。学園対抗戦に参加した者と、その友人達であった。
「このお店はマグナカルタ女学院の出身者が経営しておりますので、此度の食事会のために貸し切りにしていただきました。気兼ねなくおくつろぎくださいませ」
 マグナカルタ女学院生徒会長アリア=スフィールが、微笑みを浮かべて言った。彼女の脇には副会長のマールと書記のボタンが控えていた。
 料理はどんどんと運ばれ、飲み物も湯水のように出てきた。所謂、打ち上げというやつだった。
「えっと、会費とかはいるのかな? かな?」
「げっ。んなら、俺はパスだぜ。ゴー学生は赤貧なんだよ」
 ミリーの疑問を耳にし、エドガーが口に入れかけた料理を慌てて皿に戻す。
 アリアは眉を潜めてエドガーを軽く睨む。
「まあ、お行儀の悪い。お金のことはご心配いりませんわ。マグ女の校長が全額負担してくださいます」
「んだよ。それを早く言えよな。よっしゃ、喰うぞ!」
 ゲンキンにもエドガーが勢いよく食事にとりかかった。よく飲み、よく食べている。見ていて気持ちがいいくらいだった。
 ミリーも安心したように、こちらは幾分上品に生ハムを咀嚼する。ちらちらとラドクリフに視線を送っている辺り、はしたない様子を見られたくないという乙女心だろう。
「あれ? あの弱冠イっちゃっている女は?」
「その表現どうなの、アルちゃん。でも、確かにいないね」
 アルマリータとリリカがレスティアを探して視線を巡らしていると、アリアがやってきた。
「あの方は欠席ですわ。興味が無いと一蹴されてしまいました」
 平時の彼女を思えば、当然の結果ではあった。
 少女達は揃って苦笑した。
「性格に難はありすぎるし、お友達になれるかというと微妙だけど、そんなに嫌いじゃないんだけどなぁ。あたしは」
「あれだけ痛めつけられても?」
「まあ、試合だし。ラディを必要以上に攻撃したのは土下座して詫びろって思うけど……」
「そこは譲れないんだ」
「当然」
 少女だけで会話を楽しんでいる横で、少年達は静かにソーダ水を飲んでいた。
 彼らはそれぞれ、色々と思い悩んでいた。
(ラス兄はやっぱ強いな。ラディも。俺は肉体も心もまだまだだ。精進しないとな)
(あの魔書、大丈夫かなぁ。本家の凄い人たちが調べてるんだから問題ないと思うけど、やっぱり気になるなぁ)
 そこで、同時にため息をついた。
 ラドクリフは視線を上げて、小さく苦笑した。
「元気ないな、ラディ」
「ラドこそ」
「まあ、色々と思うところがあってな。お前は?」
「僕は、その、細かいことは話せないんだ。本家のことだから。ごめんね」
 詠み人に関連する本家の事柄は、同じブックマン家においても話せないことになっていた。
「構わないさ。何に悩んでいるか分からないにしても、ラディなら大丈夫だよ。俺が保証する」
「……でも、僕はラド達とは違って平凡だし」
 自虐の言葉を零したラディアムを、ラドクリフが遮って微笑む。
「お前は強いよ。だから俺もアルマも、お前に憧れるんだ」
「え?」
「あー! ラドがラディを口説いてる!」
 ラディアムが訝しげに聞き返した時、アルマリータが意地の悪い笑みを浮かべて騒ぎ立てた。
 店中に響き渡る大音声を耳にして、ミリーが慌てた様子で駆け寄ってきた。
 アリアもまた曖昧な笑みを浮かべて視線を逸らしている。
 リリカもエドガーもガンツもボタンも、少し身を引いて苦笑いを浮かべている。
 唯一、マールだけが興味津々の様子で喰い気味に身を乗り出していた。
「ら、ラドクリフくん! その年で倒錯の道を進むのはどうかな? かな!」
「いや! 違いますから! おい、アルマ!」
「えー? あたしを差し置いてラディといちゃこらしてるのが悪くなーい?」
 ミリーに絡まれ、アルマリータに嫌がらせを受け、ラドクリフは頭を抱えて呻いた。
「えっと、ランドル? 安心してね。私達いつまでも友達だからね!」
「り、リリカ? えっとね、あのね……」
 ラディアムもまた、リリカの生暖かい瞳に心が沈んだ。
「同性愛。それは禁断の果実。故に人は、その甘く熟れた実に、どうしようもなく惹かれるのね……」
「えっと、副会長? 何を仰っているのですか?」
 頬を上気させたマールの口元には涎が垂れていた。
 ラトワイズ王国祭の最終日。正確には、祭りは既に終わりを告げ、人々はようよう日常に還っていく。心の落ち着かない転換点において、彼らは名残を惜しむように騒いでいた。
 3日間にわたった学園同士の戦は、かつての血みどろの戦とは異なり、最後に温かい心の交わりを残し、終わりを告げた。