帝和大学工学部キャンパスF6‐112教室

 ――この物語はファンタジーだ。
 その一文で始まるプリントの束を瞳に入れ、西島桐香は嘆息した。理系学生に対して出された課題がこんな文章と共に始まっていいものなのか、と呆れつつ……
 ぱらぱらと紙の束をめくり、全体にざっと目を通してみると、そこに書かれていたのはミステリ小説のような内容の文章である。とてもではないが、ファンタジーという分野に属される話ではない。ともすれば、冒頭の単語はフィクションと同義といったところだろうか……
 桐香はそのように考察しつつ、多大なる決意と共に、愈々プリントの束の最後のページを開く。そこにある言葉が、感想を書け、程度であれば万々歳。奇異な課題ではあるが、それほど問題は無い。しかしもしも……
 教室のあちこちからざわめきが生じる。皆、桐香同様、絶望的な一文を瞳に入れたのだろう。
「では、今日の講義はここまで。課題の提出期限は二週間後とする。解けなくてもいいので遅れずに出すように」
 コンピュータ通信を専門に扱う准教授は、そう結んで教室を後にした。
 残された学生諸子は、その口から呪詛を吐き出すことに躍起になっている。
 いったい何人がこの授業の単位を取ることを諦めるだろうか。桐香はそんなことを考えつつ、それも人ごとではないな、と苦笑した。

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