凶弾

 カランコロン。
 入り口の鈴を鳴らして入ってきたのはお坊ちゃん風の男。ぱっと見、こんな店にそぐわないと思ったのだが、ふと眼光の鋭さに気づき考えを改める。
「いらっしゃい」
「ここの銃を組み立てているのは?」
 一直線にこちらに向かって来てそんなことを訊く。
「俺だが?」
 答えながら、こいつは厄介な野郎が来たかもしれねぇな、とうんざりした。表情を前に見たことがあった。以前、ここの銃が恋人を殺したと怒鳴り込んできた男がいた。その表情に少し似ていた。
「このコルト・パイソンは出来に自信があるぜ」
 取り敢えず反応を見るためにカウンターの中にあった、本当に出来がいいと自負している銃を一丁出した。過剰反応でもすれば、前の時と似たような用事で来たこと確定だ。あの時は散々暴れまわられ、発砲までされていい迷惑だったぜ。今回は、もし暴れだしたら手に持っている銃で脅してやろう。さすがに黙るだろう。
 そんなことを考えていると、予想に反して男は表情を緩め、
「確かに。その銃はいい出来のようですね」
 と言った。
 俺は面食らって思わず訊く。
「客なのか?」
 しかし、男はそれには答えなかった。しばし沈黙してから、再び眼光を鋭くし、しかしそれでも笑みを浮かべ、
「お願いがあります」
「お願いだぁ?」
 客でないなら問答無用で追い出してもよかったのだが、つい訊き返してしまった。
 男は軽く頷いてからゆっくりと言った。
「店をたたんで下さい」
「はぁ?」
 突然の言葉に、不機嫌に訊き返す以外に俺に出来ることなどなかっただろう。そして不機嫌なままで持っていた銃を構える。
「冷やかしなら邪魔だよ。とっとと帰ってくれ」
「貴方は、自分の作った物が誰かを殺すことを意識したことがありますか?」
 男は俺の脅しには応じず、淡々と続けた。
 それにしても、鬱陶しい質問をしてくれる。
「そんなことを意識していて、こんなことをしていられるか」
 全く考えたことがないわけではない。それでも、深く、真剣に考えたりはしない。俺がやらなくても誰かがやる。なら、俺がやっても同じだ。そこを割り切っているのなら、その先をも割り切らなくてはやっていられない。その結果もたらされるかもしれない凶事など考えていては、とても生きてなどいられない。
「ならばこんなことをしなければいい」
 目を細めて男が言った。
 まったく…… 簡単に言ってくれる。
「俺はガキの頃からこれだけをやってきた。今更他のことで生きてなどいけやしねぇ」
「なりふり構わなければできることもあります。そんな理由で逃げるべきではありません」
「なっ!」
 そんな理由だと! 逃げるだと!
「知った風な口を利くな! お前にとやかく言われるようなことじゃねぇ!」
 怒鳴ると、男は首を二、三度振って再び口を開いた。
「では、貴方の生み出した凶弾が大切なものを襲ったとしても、同じように逃げることが出来ますか?」
 言った男は、瞬時に俺の腕をひねり上げ、コルト・パイソンを奪った。そして、そのまま俺に照準を向ける。
 かちゃ。
「こんな仕事だ。突然殺されることもあるだろうという覚悟はある」
 乾いた喉を唾で潤しながら、半分強がり、半分本音の言葉を紡ぐ。すると、男は再度笑みを浮かべた。
「そうですね。確かに私もそうでした。では――」
「ただいま!」
 男が言葉を区切ったところで、タイミングを計ったように息子が入ってきた。
「やめろ!」
 男が息子に銃口を向けたので、力の限りに叫ぶ。
 やめてくれ……
「誰も大切な人間に銃口を向けてもらいたくないのです。貴方はそれを今実感した。それでも、言うのですか? 今更他のことで生きてはいけない、と」
 わかるよ…… こいつの話はよくわかる。でもな……
「俺の銃が息子を襲う心配がなくなったって、他の奴の作った銃が息子を襲うかもしれねぇ…… 結局は、同じじゃないのか?」
 これも否定してくれるのなら、もしかしたら俺は――
「そうかもしれません。誰が作ったかに関わらず、貴方の息子さんを凶弾が襲う日は来るのかもしれない。そして、来ないのかもしれない」
 否定は……してくれないんだな。
「それでも、貴方が辞めることで一つの絶望は回避することが出来るでしょう」
「一つの……絶望? 何だ、それは」
 男はその問いには答えず、銃をカウンターにおいて店から出て行った。
 俺はしばらく、息子と一緒に呆けていることしかできなかった。

 二年後。
 キイィィィイイイィイ!!
 店の前で甲高い音が響いた。
「きゃあぁあぁああぁああ!!」
 続いて女の悲鳴。
 さらに続いて騒がしく叫ぶ声が、男女共に聞こえてきた。その内容は、医者を呼べとか警察を呼べとかそういうもの。おそらくだが交通事故だろう。店の目の前でのことなのだから様子くらい見ておこうと思い、重い腰を上げて玄関に向かう。その時――
 ばんっ!
 扉が勢いよく開いた。
「おい! あんたの息子がっ!」
 カランコロンカラン……
 鈴の音が響いていた。

 店の前には横転したトラック。沢山の野次馬。そして――
 見たことのある背中が見えた。血に染まった服にも見覚えがあるし、『背中の上に見える顔面』にも見覚えがあった。俺はこの子供を知っている。それは当然だ。これは息子だ。
 この死体は息子だ。死んだのは息子だ。息子は死んだのだ。
 では殺したのは誰だ? トラックの運転手か? 野次馬の中の誰かか? いいや、違う。殺したのは――
 トラックの運転手が遺族だったのかもしれない。
 いや、トラックの目の前に息子を飛び出させたものがそうだったのかもしれない。
 いやそれよりも、トラックのタイヤを撃ち抜いた者がいたのかもしれない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 どれが真実でもそうじゃなくても――
 俺が……
「俺が……」
 あの男は、俺の中にあるこの爆弾に気づいていたのか…… 優しい、男だったのだな……
 俺が、息子を――
「俺が殺したっっ!!」
 これが、絶望。

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