序章

 我は此処に在る。我のみが此処に在る。
 寸の間、光を、音を、微量に感じることが有る。我の心が、騒ぐことが有る。
 しかし、其れだけの事だ。其れだけ。
 我は独り、此処に在る。
 此処に在る。

 音がする。微量ではない。
 何かが在る。錯覚ではない。
 何かはヒトと云う物であった。ヒトは自分がシンダと、そう音を発した。マツリノヒニシンダと発した。
 ヒトは、光が、音が、再び侵入したらば消えた。
 ヒトは、光が、音が、元々在る空間に戻ったのやも知れない。

 其れからも、ヒトは偶に在った。
 ヒトは、コエを発するのだと教わった。
 人は、イキル者だと教わった。
 そして、此処に来た人は生きていないのだと教わった。
 光が、音が、侵入する時は、人がマツリをしているのだと知った。
 祭が此処に人を齎すのだと知った。

 我は人が居ない時が詰らないと感じた。
 ある人は、それをサミシイと云うのだ、と言った。
 我は寂しい。
 ゆえに……

 我望むは年に唯一人也

 二十一時五〇分過ぎ。電化製品店のショーウィンドウに在るディジタルテレビジョンの画面には、その日のニュースを伝えるキャスターの実直そうな顔が映し出されていた。
「では次のニュースです。本日十九時未明、○○県△△町□丁目の派出所に女性が血を流して倒れていると110通報が入りました。女性は直ぐに病院に運ばれましたが、午後八時過ぎに死亡が確認されました。○○県警は事故、事件両方の可能性を視野に入れて捜査する方針とのことです。それでは続きまして、明日以降の天気をお伝えします。明日は……」
 気が滅入る事件のあとに報じられた天気予報では、明日から三日間、晴天の蒼空に白い雲が浮かぶとのこと。ともすれば……
 冷たい夜風が、とぐろを巻いて町を駆け抜ける。
 ともすれば、この町の祭りは、その只中に女性が亡くなったとはいえ、いや寧ろ亡くなったからこそ、二日目、三日目とつつがなく進行することだろう。