先日、父が死んだ。
　突然のことというわけではなく、一年ほど前に病気になってからずっと覚悟していたことだった。
　だからだろうか、涙が溢れて止まらないということもなかった。
　それどころか、まったく泣かなかった。
　以前からその時をシミュレートして、やはり泣いてしまうものなのだろうと考えていただけに、何だか拍子抜けしてしまった。
　親類や父の友人達は周りで静かに、あるいは豪快に泣いている。
　私は泣かないどころか、そんな彼らの様子に滑稽さすら覚えた。
　私の方がどこかおかしいのだろうけれど……

　今は火葬場にいる。父を焼いているところだ。
　意識も皮膚も血も肉もなく骨のみとなったそれは、果たして本当に父なのだろうか。
　そんな馬鹿なことを考えながら、煙突から出ている煙を眺める。
　あの煙もまた元父の一つだ。
　その昇っていく先は能天気なくらい青い空。
　アパートに溜まっている洗濯物が気になった。

　通夜や葬式、事務的な手続きなどを母や近しい親類の方たちと共に済ませ終えたのは、父が死んでから一週間後だった。
　一通り事務処理を続けたためか、他の者たちも落ち着きを取り戻し談笑している。
　葬式のような形式ばったことなんてやる必要があるのかと考えていたけれど、そういう意味では充分に必要なことのかもしれない。
　もっとも私には面倒なだけだったけれど。

　父が死んでから十日後。
　私は新幹線で東京のアパートへ戻った。
　さすがに仕事を休み続けることはできない。十日間というのも休み過ぎかと思うけど……
　東京駅から中央線で新宿まで向う。
　そこから更に電車に乗らないとアパートへは着かないのだが、連続で電車に乗るのも疲れるな、と考えて南口から駅の外へ出る。
　新宿駅南口は相変わらず人で溢れかえっていた。
　ふっと見上げた空は火葬場で見たのと同じ青い空。
　その下には急ぎ足で行き来する人々。
　私が知っている人も、知らない人も、この空の下で当たり前のように生きている。
　だけど父は、この空の下にはもういない。
　そう考えた時、ようやっと涙が溢れた。
　ああ、よかった。私はおかしいわけじゃなかった。
　周りを歩いている人から見れば変なことこの上ないだろうけれど……
　どうせ2度と会うこともないだろう他人ばかりだし、気にしない。
　今、本当に父が死んだのだ。