妻ばかりの葬式

 二日前、一人の男が死んだ。
 彼の遺産は三億円。
 当然、葬式には親戚が押しかける……と思いきや、彼には親戚と呼べる者は一人としていなかった。
 しかし、彼の葬式には親類として参列する者の多いこと、多いこと。
 というのは、彼ら、いや、彼女たちは全て”親戚”ではなく”妻”なのである。
 勿論、戸籍上妻と呼べる人間は一人だけなのだが、男は愛の幅広さゆえに結果的に妾となる女を30は囲っていた。
 彼女たちの目的は遺産……ではない。
 本日公表されるという、男が残したビデオテープを観ることが目的なのだ。
 これを聞くとやはり遺産相続を目的としているように聞こえるが、先にも述べたとおりそうではない。
 遺産の件については彼が生前、本妻に全てを譲ると明言しているのだ。
 ならば女たちは何を目的としているのか……
 それは、男の愛の行方だった。

「え〜、この映像は故人がここにいらっしゃる皆様方に対して宛てたメッセージではありますが、遺産に関しての遺言ではないことを――」
「そんなことはわかってんだよ! 早くしろ、糞野郎!」
「あら、乱暴な言葉遣いですこと。育ちの悪さが窺えますわね」
「何だと、このアマ!」
 黒い生地の派手な洋装をした女性が、同じく黒い生地の和装をした女性に掴みかかる。
 それを止める者やあおる者、眺めるだけの者、様々な女たちがそう広くもない居間に集まっている。
 そこでテレビの前で最初に口上を述べた男は頭を抱えた。
 何でこんなややこしいことを引き受けちまったんだろう……
 男は故人と懇意にしていた弁護士である。
 ある女性に対して遺言状ならぬ遺言ビデオを残したいということで相談に乗り、現在に至るのだが……
 30人もいるなんて聞いてないっつうの。しかも本妻まで混じっているから、何か心もちギスギスしているような気がするし。
「あの! 喧嘩は止めて下さい! ビデオ、流しますよ!」
 そう叫ぶとピタリと騒ぎが静まり大人しくなる女性たち。
 そんなに気になるかねぇ、こんなビデオが。
 男は半ば感心、半ば呆れながら彼女たちを見詰める。
 先ほどの騒ぎの中心である派手な格好の女性とおしとやかそうな和服の女性。どちらも30代後半というところか。その他にも20代前半のような若々しい女性や、対称的に60には至っていそうな穏やかな感じを受ける女性。様々な種類の女性が集まっている。
 故人の趣味の広さが伺える。
「おい! 流すんならさっさと流せよ!」
「ああ、すみません。今流します」
 再び先ほどの女性に罵声を浴びせられて、金庫に入れていたビデオテープを取り出す。
 何にしてもさっさと流して終わらせてしまえばいい。
 そう思ってビデオデッキにテープを入れて再生ボタンを押す男。
 映像がテレビ画面に映し出される。
 そこにはつい先ほど遺影の中で軽く微笑んでいた男。
 実際は50も後半になっていたが、その外見はまだ40代でも通っただろう。
 不治の病にかかっているとはとても思えない元気な男だった。
『さて、そこに集まっている我が妻たちには予めここで私が述べることについて話しておいたが…… 念のためもう一度最初から順に話そうか。まず、遺産については本妻である美紀子に全てを譲るということは知ってのとおりだ。これに異存はないと思うが、5秒間の間を入れるので異存あるものは弁護士の太一くんに言ってくれ』
 そこで宣言どおり黙るブラウン管の中にいる男。
 妻たちはその様子を軽く笑みすら浮かべて見ている。
 俺が似たようなことを言った時は、思い切り文句言ったくせに……
 そんなことを考えながら男、太一は派手な格好の女性を見る。
 そこでテレビからの声が再開した。
『では、本題に入ろうか。皆が聞きにきたこと、私が一番愛していたのは誰かということ』
 そこで太一は思わず放心する。
 彼は予めビデオの内容を知っていたわけではない。そこでこんなことを聞かされたのではこうなるのも仕方がないといえば仕方がない。
 この女たち、全員こんなこと聴きに来たのか?
 そんなことを思いながら再度テレビ画面に集中している女たちを見詰める。
 彼女たちの表情は真剣そのもの。
 故人がそれだけ愛されていたということなのだろうが……
 さて、その故人の口からはどんな言葉が紡がれるのか?
『私の愛の行方、それは――』
 そこで皆の姿勢が前傾になる。
 つられて太一もまたビデオに引き込まれる。ここまで来ると少し気になってきたようだ。
 そして続く言葉は……
『君達ひとりひとりが考えているとおりだ』
 ……………
 しばし沈黙が落ちた。
 す、すごい逃げ口上だな……
 そのようなことを考える太一。
 しかし、すぐに顔を引きつらせる。というのも暴動の一つも起きるのではないかと思ったから。特に血の気の多い者が若干一名いるようだし、彼にとばっちりが来る可能性は充分ある。
「み、皆さん――」
「あはははははははは!」
 何か言われる前にフォローのひとつも入れようかと声を発した男を遮って爆笑する派手な格好の女性。
 太一は驚いて彼女を見る。
「あいつらしいやね。あたしも馬鹿だよ。見に来なくても予想できた!」
「確かにそうですわね。彼の性格ならこうおっしゃることはわかりきっていました」
「へっ! さすがにあいつのことになると気が合うな」
 突然仲良く話し出す先ほど喧嘩していた洋装の女性と和装の女性。
 その彼女たち以外の女性たちもまた明るく周りの者と話をし始めた。その中には本妻も含まれている。
 こいつら…… 頭まともなのかなぁ……
 そんなことを考え、太一が再び頭を抱えていると女性たち全員出口に向い始める。
「あ、あの…… どちらに?」
「これから皆さんと喫茶店でお話でもしようということになりまして…… 本日はありがとうございました」
「世話になったな!」
 和装の女性が答え、次に洋装の女性が大きな声で礼らしきものを言う。
 他の女性たちも丁寧に、あるいは軽く礼を述べて居間を出て行く。
 そして最後に残されたのは太一独り。
「……………俺が一番貧乏クジ引いたな、こりゃ」
 理解できない者達の宴に巻き込まれた弁護士は、誰にでもなく呟いた。

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