少女が小走りで道を行く。彼女は腕時計をしきりに確認している。
たったったったったっ。
「あれ? お、おはよっ」
追い越された別の女学生が驚いた様子で声をかけた。
「うん、おはよー!」
駆けていた少女は小さく振り返って元気な声だけを残していく。
「……何で走ってるの?」
慌てた様子で腕時計の針を確認した少女が呟いた。
時刻は8時15分。一帯を見渡しても、遅刻し得ない時間帯に走る者など他には居なかった。
がたっ。
教室の前の掛け時計が8時20分を差した時、1人の少年が立ち上がった。早足で後方の出入り口に向かう。
「ちょ、ちょっとトイレ」
「おう。いっといれ」
用を足そうという割には、何故か少年の歩みは、早くなったり遅くなったりしている。
1秒。2秒。3秒。
秒ごとに時計に目をやって、男子生徒は扉を目指す。そして、彼の手が引き戸を開けた。
がらっ。
少女の目の前で扉が開いた。扉の向こうには、少年がいる。
少年の目の前には、息を切らせた少女がいる。
『お、おはようっ』
学舎の朝。喜びと共に、1日が始まった。