五.大いなる富を求めるは我がロマン

「すっげぇぇえぇぇぇ! 気持ちいいぃぃいいぃぃぃ! 速ぇぇええぇぇぇぇ!」
『うるさいのぉ…… もう少し静かに乗っておれんのか』
 大声で叫んではしゃぐアジャスに、沼地の洞窟で会った老人が呆れた声を出した。
 とはいっても、今老人は老人の姿をしていない。彼が老人の姿のままだったら、その彼に乗っかっているアジャスは老人虐待の罪で捕まってしまうだろう。まあ、そのような罪はないが……
 老人はその姿をアジャスの二倍程度の大きさの生物に変え、力強く羽ばたきアジャスをその背に乗せて運んでいる。
 老人の正体は竜族。人間よりも頑強な体、膨大な魔力、そして長き生を持つ他種である。彼らは基本的に人と同じ形態をとっているのだが、自分自身の意思でその姿を有翼の獣に変えることができるのだ。つまり、人が遥か昔から竜と呼んできた生物に。
「ってあれ? お爺さん、リムルダールはもう少し先ですよ?」
 そこで突然降下しだした老人に、アジャスはそう声をかける。
「最近この姿でおると、竜王の手先だと付け狙われることが多いのじゃ。先ほどの御主のようにの。街の近くまで行くのは勘弁してくれんか」
 地面に降り立った後アジャスを背から降ろし、老人は元の姿に戻ってそう言った。
 洞窟の女の正体も確かめて、沼地の洞窟に用がなくなったアジャスは、外に出る際に沼地に入りたくないのだがどうにかならないか、と老人に疑問を投げかけた。
 それで老人は自身が竜族であること、そして空を飛んで彼を運べることなどを告げたのだが、今の時代を生きるものならば例外なく竜といえば竜王と連想するようで、アジャスもまた老人を竜王の手先ではないかと疑ったのだ。
 そして、鋭い目つきで詰め寄ったアジャスに、老人が返した答えは次のようなものだった。
 竜王とは確かに知り合いではあるが、今の彼の行動を支持しているわけではないし、彼の行動の意味するところを知っているわけでもない、と。
 勿論アジャスもその言葉をまるまる信じたわけではない。しかし老人の真剣な様子と、疑わしきは罰せずという彼の信条、それに何より、竜王の手先が変身の魔法を使ってまで温泉に入りに行くかという疑問。そんな要因からアジャスは老人を信じてみることにしたわけだ。
「そういうことなら仕方ないですね。あとは歩いていくことにしましょう」
 アジャスは先ほどまでの自分を思い出し、老人の言葉に納得する。
 老人はそんなアジャスの方を向き、
「では、儂は帰らせて貰うぞ」
 微笑んでそう言って、再び竜の姿になろうとする。
「あっ、ちょっと待ってください」
 そんな老人をアジャスが慌てて引き止める。老人は疑問を顔に張り付けて――
「なんじゃ?」
「帰りも送っていただきたいので、街まで一緒に来てくれませんか?」
「……竜王の仲間と思われていた方が楽だったかもしれんな」
 苦笑交じりに、しかし充分過ぎるほど嬉しそうに老人は呟いた。

「なぜその格好なのですか?」
 アジャスは老人に問うた。
「どうせならば若いおなごと歩いた方が御主も楽しかろう?」
 ローラの顔をした老人が答えた。
 リムルダールの街に入る前に老人は一度アジャスと別れ、しばらくしてから追いついてきた。その時にはもう今の姿である。理由はまあ、今言った通りなのだろう。
「まあいいんですが…… 口調もどうにかなりませんか? 非常に違和感が……」
「む、そうか…… では―― ちょ〜だりぃっていうか〜。もぉ〜、バリ休みてぇ〜」
 ……………
「なぜその系統……?」
「? 若い娘の間ではこういう話し方が流行っていると聞いたぞ」
「完全に偏った知識ですよ、それ…… まあ、いいですけど…… それでは、まず宿に部屋をとりましょう。それからローラ様を見た人がいないか探し――」
 老人の若い女性に対する知識に呆れてから、アジャスはそう提案した。老人はその言葉を遮って、
「二人きりで宿だなんて、アジャスったらちょ〜エッチじゃ〜ん」
「冗談でも止めてください! マジで!」

 宿に荷物を置いた後、アジャスと老人はあてもなく街を歩き回っている。
 とはいってもまったく当てがないというわけではない。ローラの格好をした老人を見て反応を示す人間がいたら、ローラの知り合い――少なくとも話したことがあるはずだろうという読みである。
 まあ、今のところ収穫はないのだが…… と、その時――
「アルロちゃんじゃねぇか。久し振りだなぁ。金は溜まったのかい?」
「ビンゴ!」
「? 何がだ? というかこの男は誰だい?」
 思わず叫んだアジャスに怪訝な顔を向けてから老人に向き直ってそう聞いたのは、二十代半ばくらいの青年。
「実は〜、アルロは双子の姉ちゃんっていうかぁ〜。私たちアルロをちょ〜探してるとこなんだよね〜」
 と、ローラに扮した老人。
 声をかけてきた青年は老人の言葉遣いに明らかに引いてから、言葉を続ける。
「双子の妹さんってわけか。て〜と、そっちの男は護衛か何かかい?」
「まあ、そんなところかな。それでロ――アルロは貴方と別れる時、どこに行くとか言ってなかったかい?」
 青年の質問には適当に答えてからアジャスは本筋に入る。名前を間違えそうになっているのはご愛嬌である。
「特にどことは言ってなかったな。敢えて挙げるとすれば金が儲かりそうなところか? ここにも金を稼ぐために来たみたいでな。俺の魔法の鍵を大量ゲットして転売し、がっぽり儲けちまおう作戦に彼女が興味を持って声をかけてきたんだ。もっとも直ぐに違う土地に向って旅立っちまったが、まあ俺が今も成功していない辺り、先見の明があったのは向こうってことになるわな」
 そう言って苦笑する青年。
「二つほど聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「ああ、何だ?」
「アルロはなんでそんなに金を儲けようとしてるんだ?」
 仮にも一国の王女である。それほど躍起になって金を稼ぐのは不自然ではないか? 家出を続ける上で路銀が尽きたとしても、それほどがっつり儲ける必要はない。
「何でもこの大陸を出るために船が欲しいらしいぜ。もっとも今は竜王のせいで外海に出られないから、それには竜王も倒さないと駄目だよなって言ったら結構本気にしてたし、今頃竜王の城を目指してる可能性もあるかもな」
 そう言って大きく笑う青年。
 しかしアジャスに笑う余裕はない。ローラが竜王を目指すというのは冗談とみてしまっていいにしても、外海に出るというのは青年が彼女から直接聞いた言葉。船でこの大陸を出られてしまっては、家出娘を見つけることも相当難しくなってしまう。
 アジャスは、間違ってもローラを見つける前に竜王を倒すわけにはいかないな、と心の底から思った。そして次の質問。
「ところで突然なんだが、あんたの奥さんはクレアって名前じゃないか?」
「! な、何で?」
「いやマイラで、魔法の鍵をリムルダールに買いに行った奴がいるって話を近所のおばちゃんとそのクレアさんが話してたんだ。彼女、相当心配してたし、うまくいかないんだったら帰ってやったらどうだ?」
 と、普通に助言。マイラで思ったこと――カギを手に入れるのが夢って意味わかんねぇよ!――というのは、さすがに黙っておくことにしたようだ。
「だが、志半ばで帰るなんて――」
「奥さんは帰ってきてくれたら、志半ばだろうがなんだろうが嬉しいと思うぞ。夢の重荷になりたくないとか言ってはいたけど、他人の俺でもわかるくらい寂しそうだったし」
「……………」
 アジャスの言葉に沈黙する青年。あともう一押しのようである。
「よし、それなら俺がカギを買ってきてやろう。店はどこだ?」
「店は町の北西にあるが…… 誰が行っても六つまでしか買えないんだ」
「安心しろ。これでも結構金は持ってる」
 そう言って青年が示した店へ足早に向うアジャス。
 青年はそんな彼の様子を眺めつつ――
「金の問題じゃない――というわけでもないが、あれは実際金があってもなぁ……」
 アジャスに期待するでもなく、諦めたように呟いた。
「?」
 ローラの姿をした老人は、そんな青年に上目遣いで可愛らしく疑問の瞳を向ける。青年は顔を赤らめて黙ったが、ここにアジャスがいたなら声を大にしてその気持ち悪さを批判したことだろう。
「すみませ〜ん、カギ百個下さい」
「十五万四百九十六ゴールドになりますぞ」
 どがしゃああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!!
 店主の言葉に、アジャスが派手にこけた。
「っておい! ここにカギ一個十六ゴールドって書いてるじゃねぇか! 百個なら千六百ゴールドだろ?」
 そう。店に入るなり目に飛び込んでくる壁には、魔法の鍵十六ゴールドと確かに書いてある。
「これは六個までの値段ですじゃ。七個目以降は千六百ゴールドになります」
怒り心頭で怒鳴ったアジャスに動じることもなく、老人店主は営業スマイルを浮かべてきっぱりと言った。
「そこをなんとか――」
「なりませぬ」
「まけ――」
「ませぬ。安くお求めでしたら六個まででどうぞ」
 終始笑顔でアジャスの言葉を遮る店主。
「……………」
 しばらくしてアジャスが店から出てきた。彼の手の中には鍵が六つ。
「これじゃ、この鍵で儲けるのは無理だわな。あの店主以外」
 呟いて振り返ると、例の店主がしっかりと店の外まで出てアジャスを見送っているのが見える。
 さすがに商売人は一枚も二枚も上手だ。

 結局アジャスは、青年を滅茶苦茶無理やり納得させて帰らせた。
 その内容は完全にこじつけと勢いだけで成り立っていたため、彼自身も覚えてはいない……