九.苦労の質は多種多様、されど嫌だという気持ちは共通せり

 山のような荷物を抱えた少女――ローラがドムドーラキャンプを訪れたのは、よく晴れた昼下がりの午後だった。その連れには若い一組の男女――アジャスと、モシャスで少女の姿になっている老人だ。彼らは一直線で、数多ある仮店舗のひとつに足を向けた。そこの店主は、ドムドーラ復興の責任者になっている男。
「はい、おじさん。買出し行ってきたよ」
 どんっ!
 ローラは持っていた荷物を地面に置く。その衝撃で、近くを歩いている人全員が揺れを感じたのだから、その重量は相当なものであったはずだ。ローラの細腕のどこに、それらの荷物を支えるだけの力が備えられているのか不思議だ。
「……………」
 実際、店主は生活必需品や保存食品でできた小山に唖然としている。
 しかし、ローラはそんな店主の様子こそが不思議で仕方ないようで、小首を傾げて眉を顰めている。
 そこで、漸く我に返った店主が口を開く。
「き、キメラの翼で帰ってきたのかい?」
「まさかぁ。そんなのお金の無駄よ」
「するってーと、これを徒歩で持ってきたってのか! 只者じゃないとは思っていたが、それにしたってすげぇな」
「ふふん。まーね」
 自慢げに踏ん反り返るローラ。そんな彼女を眺めながら、アジャスは乾いた笑みを浮かべていた。
 彼がメルキドでローラを見つけたのが五日前。その当日は、彼女が頼まれた買い物を済ませ、メルキドまでの強行軍の疲れを癒すために宿を取った。
 そして翌日、老人に竜になってもらい、その背にのってドムドーラ付近まで行こう、と言ったアジャスに、ローラはそんなのは邪道よ、というよくわからない言葉を返し、その後本当に四日ほどかけて徒歩でドムドーラに帰ってきたのだ。しかも、荷物は常にローラが持っていた。
 アジャスも途中で持つのを替わろうとはしたのだが、ローラは自分が受けた仕事なのだから自分が運ぶと頑として譲らず、結局最後まで荷物はローラの背にあったのである。それで彼女に疲れの色が見えるかというと、そういうわけでもないから、その体力は『とんでもない』の一言に尽きる。
 竜王も倒せるんじゃなかろうか――とアジャスは、ローラを見詰めつつ本気で思ったものである。
「それでさ。他に頼みごとってないかな? できればお金がどばーって入るやつ」
「何だ、姉ちゃん。これ頼んだ時のでまだ足りないのか?」
 店主が怪訝そうにローラを見る。今回の運び代として彼が用意した額は相当なもの。それで先のセリフでは訝しがられても仕方がないだろう。
 それには少し理由があって――
「向こうで少々ぼられてしまいましてね。思っていたよりも手元に残らなかったんですよ」
 と、アジャス。
「ああ、あんたは…… ちゃんと会えたんだな」
 店主はアジャスを目に留めると、人懐こい笑みを浮かべてそう言った。実は、アジャスにローラのことを教えたのもまた彼であったのだ。今まで気づかれなかったのはひとえに、店主の脳がローラのとんでもなさに占領されていたからである。
 と、そこで店主はちょっとした変化に気付く。
「あれ? 姉ちゃんの妹さんはどうしたんだい? 見当たらねぇ様だが……」
「ローラの妹?」
 店主の言葉を受けたローラは、そう呟いて顔にはてなマークを携えた。
 アジャス達が以前ここを訪れた時、老人はローラの姿を借りていた。その老人をローラの双子の妹として紹介していたのだが、それを知らないローラが疑問に思うのも仕方がないというものである。
 そのようにローラが疑問と戦っている一方で、店主はさらなる変化を見つけて、にやにやと笑いながらアジャスを見た。
「そっちにいる新顔の娘は――ははぁん。やるなあ、兄ちゃん。新しい街に着くたびに女を一人引っかけてるってか? かーっ! にくいね、この色男!」
「ち、違あぁぁぁぁうっっっ!!!」
 下品な笑いを浮かべる店主に、アジャスは力いっぱい否定の言葉をぶつける。それに老人が続いた。
「そうよ。私はアジャスの血縁者だもの」
「えっ! じゃあ、アジャスのお姉さん?」
「ううん」
「するってぇと、妹さんかい?」
「ううん」
「じゃ、じゃあ……」
 あまりに突飛な嘘に、突っ込むことすら忘れてアジャスがうな垂れていると、老人相手にローラと店主が質問を投げかける。
『娘?』
「んなわけないでしょおおぉぉぉおお!!」
 口を揃えて言った二人に、アジャスは腹の底から叫んだ。
 それにしても、店主はともかく、ローラは老人の正体を知っているはずなのだが、なぜこんな問答に至るのか? アジャスをからかっているのか、はたまた天然なのか。
「そうそう。そんなわけないじゃない。私、アジャスより年上だし」
『ああ、マザー』
「それもちゃうわああぁぁぁあ!! そもそも血縁者じゃないですからっ! まったく、変な嘘吐かないで下さい!」
 三たび叫んでから、老人を軽く睨んで注意するアジャス。
 老人は軽く肩をすくめながら、ぺろりと舌を出してみせた。そういう仕草にアジャスがおぞ気を感じる一方で、老人は軽く微笑んで一言だけ続けた。
「ま、完全に嘘ってわけでもないんだけどね」

 結局、ローラが新たな仕事を請けることはできなかった。
 国からの支援で食品などにはそれほど困っていないらしいし、生活雑貨に至っては、今回のローラのお使いで事足りる。そうなると、わざわざ報酬を払ってまで持ってきてもらいたいものもない。加えて、街の人間が懸命に働いているために、わざわざ他所から来た者にやって貰う仕事もないという。
「はぁ〜。どうしようかなぁ。どっかに一発でどーんと儲かる仕事ってないのかなぁ」
 と、ダメ人間が口走りそうなセリフをはいたのは、この国の王女ローラ。
「そうそう簡単にはいかないさ。……ひとまず城に帰るってのは――」
 ローラの言葉に呆れた様子で相槌を打った後、少し沈黙してアジャスが五日ぶりに家に戻るように進言してみると、
「そうね。アジャスに迫られたっていう嘘をお父様に言ったら、どうなるかっていうのは気になるところだわ」
 ローラは一瞬むっとしてから、しかし直ぐに満面の笑みを作りそう答えた。顔が笑っていても目が笑っていない点にアジャスは閉口する。
「じょ、冗談だって。あ〜、お爺さん? お爺さんは何か思いつきませんか、どーんと儲かる仕事!」
 慌てて言い訳してから彼は、苦し紛れにそう訊いた。訊かれた老人は少し考え込んだが、しばらくしてあっけらかんと答える。
「小銭を稼ぐんならともかく、『どーんと』っていうのは難しいでしょ。それこそ盗みでも働くとか?」
「さすがに泥棒はなぁ」
 老人の言葉を受けてそう言ったのはローラ。アジャスはそんな彼女に、じゃあ博打とかは考慮に値するのか、と訊いてみたくなったが、肯定されたら微妙に嫌だったので訊かないことにした。
 代わりに彼は、老人に対して気になったことを訊いてみる。
「そういえば、お爺さんは普段お金とかはどうしているんですか?」
 沼地の洞窟に引きこもっていることを考えると、収入らしい収入はなさそうに思える。しかし、ローラの格好で温泉に入りに行っていた以上、現金を所持していたのは間違いないだろう。
「ああ、それこそ小銭稼ぎの仕事をちらほら。特急運び屋とかね」
『特急運び屋?』
 老人の言葉に、アジャスとローラは声を揃えて反応する。
「十五ゴールドで手紙とかを届けるの。キメラの翼買うより安いから、結構頼まれるのよ」
「それでどうやって――ああ、そうか。竜になって飛んで届けるんですね」
「そゆこと」
 世間にはキメラの翼便というものも存在する。ただしこれにはふたつほど問題があり、そのひとつが料金。専ら手紙など軽量なものを運んでもらうのだが、それにしては二十ゴールドと高め(ただし、キメラの翼を自分で買うよりは安い)。キメラの翼にかかる元手――これは特別な卸元から小売価格よりも安価で手に入れている――と手間賃が合わさったゆえの料金設定である。急ぎの時はやむなく使う者もいるが、そうでなければまず使われない。
 もうひとつの問題は沢山のものの運搬を一度にできないこと。例えば、今回ローラが運んだ量の荷物ならば五百往復はくだらない。そうなるとキメラの翼は最低千個必要で、それに手間賃――五百回も往復する手間を考えるとそれも高額となるのが普通――を加えると、早さを考慮してもあまり嬉しい料金にはならない。
 しかし、老人が行っているという特急運び屋は、荷物を老人の背に乗せて飛ぶことで運搬を可能にするため、それなりに多くの荷物を運ぶことができよう。加えて、必要になるのはその手間賃のみ。料金もそれほど高くならないのが自明である。これは中々に重宝されそうな仕事だ。
 アジャスもなるほど、と納得したよう。そして思いつく。
「いっそそれで儲けられませんかね?」
「特急運び屋で? でも、小銭稼ぎにしかならないんでしょ?」
 提案したアジャスに応えたのはローラ。
 それを受けてアジャスが丁寧に返す。
「今回君が運んだみたいな量の荷物を運べば、それなりに高収入が期待できるよ。まあ、それにはまず実績がないと信用されないだろうから、しばらくは少ない料金で小さい仕事を重ねないと駄目だろうけど……」
「しばらくはって…… 私はもっとぱぱーっと――」
「千里の道も一歩からって言うだろう?」
「そりゃあ、言うけど〜」
「それに、しばらくって言っても、結構早く何とかなると思うぜ。キメラの翼便より大分得な料金設定でいけるし」
 アジャスがそう言うとローラは、キメラの翼便なんてあるんだぁ、と感心したように息を吐いた。ところどころで世間とのズレが露見するものである。
「てか、運ぶの私で、疲れるのも私なんだけど……」
「そこは気合でカバーよ♪」
 青筋を立てて抗議を申し立てた老人であったが、確かな収入が期待できるという一筋の光明を見たローラは、満面の笑みで断固とした意思を表明した。
「さて! そうと決まれば、ここでちょっと営業活動と行こうか!」
「行こうか〜!!」
 仕切り直しに放たれたアジャスの言葉を、ローラが元気に繰り返す。その中で――
「はあぁぁぁ〜」
 老人だけが深く深くため息を吐いた。

「お届けもの承りまーす! 開店記念で重さ、量に関わらず十ゴールドでーす! らっしゃい、らっしゃい!!」
「承りました数時間後に先方にお届けするという超特急便で〜す!! 奮ってご依頼くださ〜い!!」
「……いらっしゃ〜い……」
 ドムドーラのメインストリートを闊歩しながら、男女三人組が元気に――約一名陰気に――宣伝活動をしていた。道行く人々は物珍しげに眺めてはいるが、積極的に声をかけるものはいない。
 そんな調子で彼ら、アジャス達が十数分ほど歩き回ると、そこで漸く声がかかった。
「なぁ。ほんとにそんな安くて、その上早く着くのか?」
 声をかけてきたのは中年の男性。アジャスが元気よく応対する。
「勿の論です!! 急ぎの御用ですか?」
「ああ。この書類をラダトームの道具屋に届けて欲しいんだ」
「――っ!」
 それを聞いたアジャスは思わず顔を曇らせる。
「承りま〜す! その書類というのはどれですか?」
「これだが…… そっちの男はどうかしたのか? 何か固まってるぞ」
 元気よく返事し訊いたローラに、書類を差し出しながら男は訝しげに言った。確かにアジャスは顔を青くして固まっている。
 ローラは男から見えないようにアジャスを軽く小突き、耳元で囁く。
「ちょっと、アジャス! 漸く来たお客さんなんだから愛想よくしなくちゃ!」
「あ、ああ。わかってるが……」
 アジャスは少し沈黙してから、やはりローラの耳元で囁く。
「この話断らないか?」
「駄目」
 アジャスの意見を問答無用で却下し、さっさと男から書類と代金を受け取るローラ。
『はあぁぁぁ〜』
 ため息を吐く人間がなぜか一人増えた。

「なんで仕事請けるの嫌がったの?」
 ドムドーラキャンプから少し離れた森の中。人気のないのを確認し、愈々出発しようとなった時になって、漸くそう訊いたローラ。アジャスとしてはもっと早く訊いて欲しかったところだが、今更それを言っても仕方がない。
「……ラダトームの道具屋には修羅がいるんだ」
「?」
 重い口調で言ったアジャスだったが、それで理解が及ぶはずもなく、ローラは疑問を顔に浮かべる。しばらくはそうして思考を巡らしていたが、面倒になったのか――
「よくわからないけど、その道具屋に何がいても行くからね。お金貰ったし。お爺さんも何時までも渋ってないで、ぱぱっと飛ぶ準備に取り掛かってください」
 と、しきりにかかる。
 かくして、少女に指示された男二人――その内一人は少女の姿をしているが――は重い腰を上げて準備を始めた。
 目指す先はラダトーム城下。
 そこに何が待ち構えているのか。その答えがわかるのはもう少し先のことである。