拍手小話五:「あの頃君は若かった――ミリア編」
いつものようにブロアスの無茶な『遊び』に付き合わされたアジャスが漸く家に至ると、三つ年上の姉ミリアが満面の笑みで楽しそうに靴を履いていた。
「ただいま〜、おねえちゃん。どうしたの? うれしそ〜だね」
「あ〜、アジャちゃん〜! お帰りぃ〜。今日も可愛いぃ〜」
アジャスに気づいたミリアは、笑みを更に深くしてアジャスに抱きつく。ちなみに、朝から数えて五回目の抱擁である。呆れる程の頻度と回数だ。
しかしアジャスは慣れたもので、
「ありがと〜。おねえちゃんもカワイイよ」
と抱きつき返す。なんとも仲のいい姉弟である。
しかしまあ、そのまま抱き合っていたのでは話が進まないため、アジャスは話を元に戻す。
「それで? どうかしたの、おねえちゃん」
「あ〜、うん〜。えっとねぇ〜、やっとぉ、お金が貯まったんだぁ〜。やっとぉ、あれが買えるよぉ〜。えへへぇ〜」
アジャスの疑問に、ミリアはやはり嬉しそうにゆったりと答える。
ミリアは今年で漸く九つになる。そんなわけでお小遣いらしいお小遣いは貰ってはいない。しかし、最近家の手伝いなどを懸命に行い、小銭を稼いでいたのだ。
それをアジャスも知っていたので、彼も彼女の嬉しさがひとしおであろうことをよくわかっていた。
「そ〜なんだ。よかったね〜」
一緒になって無邪気に喜ぶ。
「うん〜」
ミリアは踊りださんばかりに喜び、玄関先で一回転してからアジャスの方を向く。そして――
「じゃ〜、急いで買ってくるからぁ、楽しみにしててねぇ〜?」
そう言って外へ駆け出していった。
それを見送ったアジャスは――
「なんでボクがたのしみにするのかな?」
笑顔で手を振りながら、そんな感想を持った。
しばらくすると、ミリアが買い物袋を抱えて帰ってきた。そして、居間で両親、兄と過ごしていたアジャスの元へ一直線でやってくる。
「ただいまぁ〜! アジャちゃん〜」
ぎゅっ!
本日六回目の抱擁だ。
「おかえり、おねえちゃん」
「ほらぁ〜、これぇ〜」
そう言ってミリアが買い物袋から取り出したのは――
「わぁ〜、カワイイふくだね」
「でしょぉ〜?」
アジャスのコメントにミリアは満面の笑みを浮かべる。
しかしアジャスは、怪訝そうに顔を顰める。
「……おねえちゃんににあいそうだけど、でもちいさくない?」
そう。ミリアが手にしているフリルがふんだんに散りばめられた服は、確かに彼女が着るには小さすぎるのであった。しかし、ミリアは然程気にした風でもなく、口を開く。
「そぉ〜? う〜ん…… あ、ほらぁ、だいじょぶだよぉ〜。ぴったりぃ、ぴったりぃ」
そうして嬉しそうに話しながら、ミリアは買ったばかりの服をあてる。弟に。
「……え?」
ぶふうぅうぅぅうう!!
アジャスが引きつった顔で短く言葉を紡いだのと同時に、椅子に座って紅茶を飲んでいたブロアスが、口に含んだ液体を盛大に噴出した。そして大声で笑い出す。
その騒ぎでわれに返ったアジャスは、素早く姉の手から逃げようとするが……
がしぃ!
「じゃあ〜、お着替え〜しましょ〜ねぇ〜」
しっかりと彼の腕を掴んだ姉は、器用に片手で弟の服を脱がしだす。
アジャスは懸命に逃れようとするが、しばらくすると――
「お着替え〜完了ぉ〜。きゃあ〜、可愛いぃ〜」
いつの間にか髪形までいじられ、すっかり女の子然となったアジャスを見、ミリアは満足そうに頷いて嬉しそうに笑う。両親も笑みを携え眺め、兄は兄で少し違う種類の笑みを浮かべて見詰める。
はあぁあぁぁあ〜……
家族に見られるだけならば、とアジャスが諦めたようにため息をついた、その時――
「じゃあ〜、わたしのぉ、友達にもぉ、見せに行きましょ〜」
「へ!?」
姉のとんでもない発言に、弟は耳を疑う。そして当然激しい抵抗。
「や、やだよぉ!」
懸命に暴れ、逃げようとするが……
「ははは、まあいいじゃないか、アジャス。こんなに可愛いんだ。是非、近所の皆さんにもお披露目しよう」
と、ブロアスが力一杯アジャスを押さえつける。
「そうよぉ。行こぉ、行こぉ」
と、ミリアが悪意一切無しで、意外な力強さで引っ張る。
そんなこんなで、アジャスは外へと連れ出され……
「うわああぁああぁぁあん!! やだあぁああぁぁああぁあ!!」
泣き叫ぶ声をラダトーム中にこだまさせた。
ちなみに彼らの両親は、兄弟仲がいいのはいいことだ、の一言でこの騒ぎを評した。